30日、お台場のMEGA WEBで開催されたトヨタの2015年モータースポーツ活動計画発表会で、トヨタ自動車豊田章男社長の口から、2017年からのWRC世界ラリー選手権復帰が華々しく発表された。豊田社長の言葉から、今なぜWRCなのか、そして今後WRC参戦を通じてどうしていきたいのかが見え隠れしている。
■社長自らが噂の火付け役
1999年のWRC活動終了以来、ひさびさにラリーの世界最高峰に復帰することになるトヨタ。近年盛んにWRC参戦の噂が世界中で囁かれてきたが、ついにその噂が現実のものとなった。その“噂”の火種となっていたのが、誰あろうこの日満面の笑みでラリー復帰を宣言した豊田社長だ。
トヨタ自動車創業者豊田喜一郎氏を祖父にもつ豊田社長は、もともとモータースポーツ好きとして知られ、トヨタの開発ドライバーの“トップガン”であった故成瀬弘さんを師と仰ぎ、世界でも最も過酷といわれるニュルブルクリンク24時間にも多数参戦してきた。
サーキット走行も多数こなすが、近年特に関心を示していたのがラリーだった。世界的企業のトップながら、いちドライバー“モリゾウ”を名乗りJ SPORTSのWRC中継に出演したり、自ら国内で86を駆りラリーに出場したり。昨年は突如としてWRCフィンランドを訪れ、元WRC王者のトミ・マキネンが製作した86のラリーカーを試乗。また、WRCのステージをマキネンとともに走行した。
社長自らがWRCの現場を訪れ、レーシングスーツを着込み走る……。これで噂が立たない訳はなかった。並行して、かつてトヨタのWRC活動を担ったドイツのトヨタ・モータースポーツGmbH(TMG)が、この日お披露目されたヤリスWRCの開発テストを進めており、トヨタのWRC発表は“時間の問題”と言われていたのだ。
■なぜラリーなのか
ではなぜ、豊田社長が目指すものはラリーなのか。それは、今までのトヨタのモータースポーツ活動を紐解くと良く分かる。トヨタは2009年にF1を撤退したが、その際すでに豊田社長体制となっていたが、「草の根のモータースポーツ活動を行っていく」と宣言していた。また、2014年に同じMEGA WEBで、「F1復帰はあるか」という一般紙の質問に対し、「私が社長でいるうちはない」と答えている。
モータースポーツの最高峰といえば多くの人はF1だが、豊田社長の考え方はまったく違う。トヨタがモータースポーツ活動を行うのは、クルマを鍛え、クルマに携わる人を鍛えるというのが豊田社長の考え方だ。
「クルマは道が作る」というのは、多くの場面で豊田社長から聞かれる言葉。会社のトップとして、自らもステアリングを握りチャレンジングな道を走ってこそ、「もっといいクルマを作りたい。そのために人を鍛えたい」という思いに活かせるという訳だ。その好例が自ら率いたGAZOO Racingで参戦したニュルブルクリンクであり、一般道を走るラリーなのだ。
先述のとおり、豊田社長は昨年WRCフィンランドを訪れた。その時のことを、発表会で豊田社長は次のように語った。
「私自身も昨年、さまざまな道を走らさせていただきました。その中で強く感じ、頭に浮かびましたのは、道が人を鍛え、人がクルマを作る、という言葉でした。ラリーはお客様が日常使う道を舞台に、日常使う市販車をベースとしたクルマで争われます」
「その道も舗装路や泥道、雪道など、あらゆる表情をもっており、人とクルマを鍛えあげるためには最適な舞台だと実感しました」
「ラリーはSS(スペシャルステージ)とリエゾン(移動区間)というのがありますが、SSでは極限に近い形で車を傷めつける。リエゾンでは交通法規を守り、一般の車と同じように走る。これこそが、普通のクルマのモビリティなんです」
「その中に見た目はちょっと違いますけど、普通のエンジンを積んだ普通に売られている形のクルマを入れ、そして短期間ではあるもののクルマを傷めつけることによって、皆様にお買い求めいただける私たちのクルマの味付けをさせていただこうと。そのいちばんの“秘伝のタレの調理場”がWRCの舞台なんじゃないかなと」
■タイミングは「今」。そして未来は?
また豊田社長は、かつてWRCの舞台を戦っていたトヨタに対する世界中の人々の思いが、WRC復帰を決断させたという。
「フィンランド滞在中、多くの方々から『トヨタはいつラリーに戻るんだ』という声もいただきました。かつてトヨタがWRCに参戦していたこと。そのことがまだ多くの方の記憶に残っていることに驚きと感謝の気持ちがあふれました。そして、この記憶が消えないうちにトヨタはここに戻ってこなければいけない。そう強く感じるようになりました」
こうして決断された2017年の復帰。タイミングについて聞かれた豊田社長は、「社長の言うことは誰も聞かない会社ですから(笑)」とはぐらかしながらも、「ベストタイミングだと思ったから参戦を決意しました」という。
「私が『こうなれ』と言ってもトヨタは民主主義な会社ですから。なかなかそういうのは時間がかかったのも事実です。ただ、いろいろな“時”というものがあると思うんですよ。参戦するにはクルマもサポートする体制も必要ですし、そういうものがいま整いつつあるという風にお考えいただければなと思います」
1990年代にはトヨタをはじめミツビシ、スバルの活躍で日本でも非常に知名度が上がったWRC。日本でも北海道でWRCが開催されたこともあったが、近年日本メーカーがいなくなり、人気もやや下火になっていた。では今後トヨタが復帰するにあたり、WRCの日本開催や日本人ラリーストの参戦はあるのだろうか。
「私がとやかく言えるものではないですが、やっぱり参加メーカーがヨーロッパ、アメリカ、韓国、日本ということになりますからね。色々な世界の道を走ることが、自動車産業発展のためにも望ましいんじゃないかな……という風に自分の意見は言っていこうと思います」と豊田社長。では、日本人ラリーストは?
「ただ日本人だから……ということじゃなく、最初のうちは『いいクルマづくり』にベストなドライバーにまず乗ってもらいたいと思っています」
「日本というのは、ラリーの開催数って世界でみても相当多いんですよね。でも世界への道が閉ざされている部分もありますので、日本人ラリーストの方々の世界への挑戦の道が、トヨタのWRC参戦とともに開けていくように我々も頑張っていきたいです」
■気になるWEC等、他の活動は?
ここまでお読みいただければ、トヨタのWRC復帰がいかに豊田社長の思いが込められたプロジェクトであるかがご理解いただけるだろう。華々しくステージ横から登場したヤリスWRCに対し、豊田社長は「18年間恋い焦がれた彼女」とまで評した。
一方で、発表会の場で他のカテゴリーの参戦マシンとともに並べられていたのは、2014年のWEC世界耐久選手権で、ダブルワールドチャンピオンを獲得したLMP1カー、TS040ハイブリッドだ。本来であればトヨタに世界王者をもたらした記念すべき1台であり、ステージにヤリスWRCと並べられてもおかしくはない。
さらに、WECの活動はWRCと同じく、TMGがオペレートする。かつてトヨタは、ル・マン挑戦のためにWRC活動を休止したこともある。では今後、WRC参戦のために他の活動が休止されるようなことはあるのだろうか。
しかし豊田社長は「今日(30日)発表させていただいたものは、続けていきたいなと思っております」とこれを否定した。
「トヨタは時と場合によって、いろいろと参戦したり参戦しなかったり……ということがありましたけど、『もっといいクルマづくり』のど真ん中にモータースポーツを位置づけていきたい。それが続くように我々メーカーとしても頑張っていきますし、ファンの方々とか、いろいろな方に支えてもらいながら、長く継続できるような、そして感動を与える結果が残せるように頑張ってくれるといいと思っています」
これについては、TMGの木下美明代表も「ふたつのカテゴリーで同時にワークス活動を行うのはチャレンジングなことですが、私たちは成功するためのノウハウと強い意志を持っています」と両カテゴリー参戦への意気込みを語っている。
ファンが願うのは、WRC、WECでどちらもタイトルを争うトヨタの姿。「そんな甘いもんじゃないと思います」と豊田社長はすぐに結果出るものとは思わないというが、今から2017年が楽しみだ。