Nobuatsu Aoki/Text:Go Takahashi

 第5戦フランスGPでは、かつてニッキーのチームメイトだったこともあるバレンティーノ・ロッシが、人間臭さ剥き出しのドラマで魅せてくれた。

 開幕からの4戦で、同じヤマハ・ファクトリーチームの若手、マーベリック・ビニャーレスに2勝を挙げられ、ロッシは未勝利。「どうしても勝ちたい」という思いが、ふつふつとたぎっていたはずだ。

 金曜、土曜の走行セッションを見ていると、ル・マン・ブガッティ・サーキット後半のインフィールドセクションで、ロッシひとりだけが他のライダーとは違うトライをしているのが見受けられた。どうやら可能な限りスムーズに走り抜けようとしているようだった。

 日曜日、決勝レース終盤のロッシの走りを見ていて、「なるほど! ここに照準を合わせていたのか」と分かった。タイヤがグリップを失ってしまう終盤にこそ、金、土と懸命にトライしていたウルトラスムーズな走りが生きてくるというわけだ。

フランスGPでのバレンティーノ・ロッシとマーベリック・ビニャーレスのバトル
フランスGPでのバレンティーノ・ロッシとマーベリック・ビニャーレスのバトル

 残り5周で、珍しくロッシがキレていた。「怒っていた」という意味じゃない。首位ビニャーレスの直後で、めちゃくちゃに攻めている。もはやマシンの限界を超越している感じだ。「大丈夫? そんなに攻めちゃって大丈夫?」というぐらい、攻め立てていた。

 残り3周、ついにロッシがトップに立った。だが、ビニャーレスも諦めない。ぴったりと背後につける。最終ラップ、ロッシはビニャーレスを警戒しすぎたか、4コーナーでブレーキングをミスして止まり切れず、大きくはらんだ。ビニャーレスもそれを見逃さず、冷静に前に出た。

「このままで終わるはずがない……!」。最高にドキドキした。あとワンチャンス。そいつをモノにしてロッシが前に出れば、今季初優勝だ。ビニャーレスに一矢報いることができる。ウルトラスムーズな走りにトライしていた後半のセクションに入る。ビニャーレスの背中が近付く。そして11コーナー。ロッシ、スリップダウン──! 明らかにオーバースピードだった。

 すべてを超えて、ロッシは転倒したのだ。マシンの限界はとっくのとうに超えていたし、人間の限界も超えていた。それでも、イチかバチかの勝負にロッシは懸けたのだ。レーシングライダー人生の中で、あの領域まで行き着くことは、そうそうない。

フランスGPでのバレンティーノ・ロッシとマーベリック・ビニャーレスのバトル
フランスGPでのバレンティーノ・ロッシとマーベリック・ビニャーレスのバトル

 なんて戦いなんだろう! レースって本当に素晴らしい。自分でもさんざんレースしているが、今回はいちモータースポーツファンとして、素直に感動させてもらった。ビニャーレスも、タイヤグリップがとっくに終わっていたはずの最終ラップに、コースレコードを叩き出している。モノの限界を完全に超えた走りだったのだ。フランスGPの最終ラップ、ふたりはまったくの別次元にいた。

 結局、フランスGPはビニャーレスが優勝し、ロッシはそのままリタイアしてノーポイントに終わった。リザルトだけ見れば、ロッシは何も得なかったことになる。でも、これはレースだ。勝ちたくて走っている。

 ブレーキングをミスしてビニャーレスに先行されたロッシは、「今日はもう2位でいいや」とは思わなかった。とにかく前を行くビニャーレスを抜きたかった。シンプルに、それだけだったはずだ。

 チャンピオンになるためには、シーズンを通して着実にポイントを重ねなければならない。9度も世界タイトルを獲っているロッシは、誰よりもその重要性を知っている。でも、そんなことは忘れ、突き抜けなくちゃいけない時がある。目の前の勝利を追いかけなくちゃいけない時がある。

 フランスGPは、ロッシにとって数少ないチャンスだった。大ベテランとなり、若手が台頭してきた今、もはやそうそう訪れないチャンスだ。そこで勝負しなけりゃ、レーシングライダーじゃない。そしてロッシは、今も立派なレーシングライダーだということを見せてくれたのだった。

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■青木宣篤

青木宣篤
青木宣篤

1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。

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