Ryuji Hirano / AUTOSPORTweb

■切磋琢磨し、背中を追いかけた存在

 そのメンバーの中で、国さんが最も仲良くなったのがタベリさん。国さんは、先輩であるタベリさんの背中を追いかけながら、速さを磨いていったという。62年になると、国さんはさらに力をつけ、世界選手権125ccの開幕2戦で連勝を飾る。

 しかし、速さが絶頂にあった第3戦のマン島TTで、国さんは激しくクラッシュしてしまい、重傷を負う。復帰までに1年を要するほどの怪我を負ってしまったが、その後のホンダチームを支え、連勝を飾りチャンピオンを獲得したのがタベリさんだった。

 63年、負傷が癒えた国さんは、ヨーロッパで市販バイクのレースを転戦する。ひとりで旅をしながら、タベリさんの家に泊まったこともあったそうだ。また、市販バイクでふたりで草レースに参戦し、毎周のように順位を入れ替えながら、トップ争いを繰り広げたとか。

「最終ラップに、毎周そこでオーバーテイクをしていたコーナーでインを抑えて『よし! これで勝った』と思ったら、そのまたインにルイジが入ってきたりね。『ここまで来るのか!』という技をルイジが見せてくれたし、お互いに信じ合っていたからこそのテクニックだったよね。スピード、競争に対する考え方を教えてくれたと思う」と国さん。

 その後国さんは四輪に転向し、日本の四輪レース史に数多くの伝説を残す。一方、タベリさんは66年に現役を引退した。しかし、ふたりの仲はそれ以降も続いた。毎年、お互いの誕生日には電話で言葉を交わし、タベリさんの愛娘であるブランカさんがその後スイス航空で働いていたことから、「成田に迎えに行って、都内で食事をして、また成田に送る……ということをやっていた」と家族ぐるみの付き合いが続いたという。

 また、国さんが思い出に上げるのは、NHK BSで放映された『世界・わが心の旅』で自らのマン島での思い出を巡ったこと。タベリさんとともにマン島を巡り、63年にマン島で亡くなったトム・フィリスのお墓参りをしたりと、当時を語り合ったのだとか。

2010年、都内のTEAM KUNIMITSUのオフィスを訪れたタベリさんの愛娘、ビアンカさん
2009年、タベリさんから国さんに送られたメッセージカード

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