「何もかもうまくいくミラクルはない」。スズキ流の“地道”な開発スタイル/2019年型GSX-RR開発の裏側
「2018年型のエンジンと比べると、2019年型は燃焼諸元、ピストン形状、シリンダーヘッド形状、カムタイミングなど、変えられるところはすべて変えました」と河内氏。「ライダーは常にパワーを求めますからね。ただ、2019年シーズンは開幕前にだいぶどたばたしてしまいました」
2018年シーズン終了直後、新しい仕様のエンジンをテストしたリンスに、「パワーは出ている。でもコントロール性に劣る」と指摘された。「ベンチテストでは良好なパワーカーブが得られていたんですけどね」と河内氏。
「実走すると、ライダーの評価はもうひとつだった。何がいけないのか、頭を抱えましたよ」。ライダーの繊細なセンサーが、エンジンの弱点を鋭く見抜いたのである。急きょ組み合わせを変えて別の諸元に作り直し、2018年12月に開発ライダーのシルバン・ギュントーリがテスト。年が明けて2019年2月にリンスが改めてテストし、ようやくゴーサインが出た。
佐原氏は「エンジン開発陣としては苦労して馬力を絞り出したんですが、取り分としてはそのすべてを使うことはできなかった。それでも最終的には良い評価が得られたので、胸を撫で下ろしました」と振り返る。ライダーのインプレッションを重要視して、開発の狙いを修正していくのがスズキの開発スタイルだ。それは車体の開発に関しても当てはまる。
■「苦肉の策」だったフレームのカーボン巻き
2018年シーズン途中から、リンスとイアンノーネは新しいフレームを実戦使用していた。「カーボン巻き」と呼ばれ注目を集めた仕様だ。実際はアルミフレームにカーボンを接着しているのだが、いわば「苦肉の策」だった。
河内氏は「フレームの諸元を変えたいんですが、いちから作ると時間もお金もかかりますので……」と苦笑いする。「それに、剛性を変えるためにアルミ溶接でパッチを当てると、熱が加わって歪みが生じ、寸法の精度が出ないというデメリットもあるんです。そこでカーボンの接着を試みたんです。アルミパッチよりは容易に剛性のセッティングができるようになりました」
ライダーからも「ブレーキングスタビリティが上がった」という評価が得られた。だがそれは「カーボンだから」と言うより、「フレームの剛性がワンステップ上がったから」と開発者たちは捉えている。スズキはもともと剛性値をあえて下げることで曲がりやすいフレームを作ってきた。だが、エンジンのパワーアップに伴ってやはり剛性を高める必要が出てきた。
その時、カーボン接着により効率よく剛性アップ方向のセッティングが可能になったのだ。カーボン接着なしの仕様もテストしたが、2019年はリンスもジョアン・ミルもカーボンが接着されたフレームを選んだ。仕様違いが3種類ほど用意されたが、シーズン中は事実上1諸元で通したと言う。
■目に見えないフェアリングの苦労
見た目にも分かりやすい技術的トピックスとしては、空力フェアリングが取り沙汰されることが多い。2019年型GSX-RRも、2018年型に比べてより大型の空力フェアリングが目立つ。だが佐原氏は「重視したのは、ベースとなるカウルそのもののデザインです。実は2018年型から結構変わっているんですよ」と言う。
「空力フェアリングがなければ特に際立った特徴のないカウルに見えますが、しっかりとCdA値(空気抵抗係数×前方投影面積)が考えられています。また、単体でもダウンフォースを発生する形状です。いいベースができたと思っています」
実際、2019年シーズン第14戦アラゴンGPでは他車との接触によりリンスは右側の、ミルは左側の空力フェアリングを失っての走行を余儀なくされたが、レースを完走している。さらに第18戦マレーシアGPでもリンスは再び接触により右側の空力フェアリングを失ったが、5位でフィニッシュした。リンスは「空力フェアリングがなくても走れたってことは、効果がないんじゃないのか……?」と若干疑い気味だったと言う。
笑いながら佐原氏が振り返る。「我々としては『取れてもちゃんと走れるように、苦労してベースのカウルを作り込んでるんだぞ』ってね(笑)。もちろん実際は差があるんですけどね」。河内氏も「コーナーの進入がしづらくなったり、ウイリーしやすくなるなどの弊害はあるようです。でも、空力フェアリングが取れたら走れなくなるんじゃないかと思っていたらしくて(笑)。『走れたじゃないか』と驚いたようです」