Eri Ito

 路面状況はさらに厳しくなっていった。最終ラップ、ビンダーはストレートでさえバイクの挙動を乱し、ひざを擦ることができないほど浅いバンク角でコーナーに入り、コースにバイクをとどめることに苦心して走行している様子が確認できる。
 
「走っていたら、ダッシュボードには『プラス9』と表示されていた。後ろのライダーとの差が10秒くらいあるとわかったんだ。でも、その後ろのライダーの誰がレインタイヤで、誰がスリックタイヤを履いているのかわからなかった。レインタイヤを履いているなら僕に追いつくだろうし、スリックタイヤなら無理かもしれないと思っていた。でも、僕はただ全力を尽くしたよ。コーナーで確実に止まり、旋回し、ストレートを全力で走ることだけを考えた」

「最終ラップでは、転倒しないように走るのはほとんど不可能だった。何度か『終わった』と思ったよ。3コーナーでは止まらなかった。リヤブレーキがちょっと利いている程度、という状況だったんだ」

 ビンダーはそうした状況のなかで、弟が言っていたことを思い出したという。ビンダーの弟であるダリン・ビンダーは、Moto3クラスに参戦するライダーだ。
 
「弟が、ウエットコンディションでのスリックタイヤのグリップについて、よかったと言っていたことを思い出したんだ。それが優勝につながったと思う」

「チェッカーフラッグを見たときに感じたのは、開放されたという安堵感だった。それと同時に、優勝できて信じられない気持ちだった」

 ビンダーはレース後、トラックリミット超過により結果に3秒加算のペナルティを受けた。しかし、その後のリザルトによれば、そのペナルティは取り消されている。どちらにせよ、2位に10秒以上の差をつけてゴールしているので、結果に変わりはなかった。
 
 一方、2位でフィニッシュしたバニャイアと3位のマルティンは、上述のように、レインタイヤを履いたバイクに乗り替えた。バニャイアは最終ラップに入ったとき、10番手。マルティンは11番手だったが、最終ラップでスリックタイヤを履くライダーたちを交わして、大きく順位を上げている。タイムを比べても、残り2周目と最終ラップはレインタイヤの方が確実に速い。
 
「スリックタイヤで走り続けるライダーがいるとは思っていなかったんだ。コースは完全に濡れていた」とバニャイアは語る。

 総合的に考えれば、ビンダーが先頭集団にいたあの残り3周のタイミングで、スリックタイヤで走るという決断を下したからこそ、手にできた勝利なのだろう。その瞬間に下したひとつの決断が、ある種のドラマチックな優勝を生んだ、オーストリアGPの決勝レースだったのではないだろうか。

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