GP Car Story

──1990年、開幕戦フェニックスでのマクラーレン初レースで、ポールポジションを獲得しました。

GB「私にとっては、たいしたことはなく、当然のことだった。とはいえ、ただのポールポジションではなかった。レインコンディションでは、アイルトンが飛び抜けて速いと見なされていたが、金曜日の雨のなか、最速だったのは私だった(編集部注:実際は曇り。土曜日が雨のため記憶違いと思われる)。そして、ポールポジションを獲得した。今振り返ってみると、チームの成功の中心にいたのはアイルトンだった。しかし、あの時点ではまだそういう位置づけにはなっていなかった」

──レースでは、クラッチに問題が生じて、スピンしてしまいました。

GB「実をいうと、あのマシンはアランに合わせて作られたもので、とても快適とは言いがたかった。今、あのマシンに私を乗せてみて、私の膝やギヤシフトがどの位置にあるのか、見てみるといい。これでどうやってドライブできるのかと思うはずだ。スロットルとブレーキの間に足が挟まって、抜けなかった。それで、タイヤバリヤに突っ込むしかなかった」

──その週末のセナの反応を覚えていますか?

GB「あまり詳しいことは覚えていない。ただし、アイルトンのことだ、当然気に入らなかったに違いない。それでも、彼は私にひどい態度をとったり、意地悪をするようなことは一度たりともなかった」

a「MP4/5Bは3年間のマクラーレン時代で一番のお気に入り」。“セナプロ対決”の呪縛から親友とチームを救ったゲルハルト・ベルガー
左:ゲルハルト・ベルガーと右:アイルトン・セナ(左下)

──鈴鹿でのクラッシュのことを、何か覚えていますか?

GB「事前にアイルトンが教えてくれていたので、ふたりが絡むと分かっていた。ふたりがフロントロウに並び、私は2列目だった。すると、アイルトンから『今日、君は映画館の最前列で、面白いものを目撃するだろう』と言われた。それを聞いて、何かあるなと思ったよ」

GB「そして、本当に私の目の前でふたりが接触し、いなくなった。オープニングラップで充分なリードを築くことができたが、アイルトンがペースを落とすよう、手を振って合図を送っていた。スタート時のアクシデントなどでコース上に砂利が撒き散らされていたからだが、手遅れだった。私はコントロールを失ってしまった」

──セナはあなたに向かって手を振っていたのですか?

GB「そうなんだ。注意するように、私に教えようとしてくれていた。だが、時すでに遅しだった」

──1990年はセナとさらに親しくなりましたね。

GB「アイルトンを信頼することができた。確かに、彼がとてつもなくわがままだということは分かっていた。でも、偉大なチャンピオンたるもの、それは当然だと思う。どんな偉大なチャンピオンであっても、多少わがままなところはある。とても興味深いことだ」

──彼から学ぶことはありましたか?

GB「それはあったが、どのドライバーにも、自分なりのやり方があると言いたい。役に立ちそうなことがあれば、他のドライバーのやり方を少し取り入れればいい。ただし、あまりに真似しすぎると、私の場合はかえってうまくいかなかった。それにロンもいろいろ口出ししてくる。自分自身を見失ってしまいそうになるんだ」

GB「イモラでアクシデントに遭う前のフェラーリでの1987年から88年にかけての間が、自分のベストパフォーマンスだったと思う。もっとも自分らしくいられて、他のドライバーとも違っていた。縁石があったら乗り上げていた。ロンによく言われたよ。『プロストを見てみろ。彼は縁石に乗り上げたりしない。どうしてお前は縁石に乗るんだ』とね。なぜなら、私はゲルハルト・ベルガーで、縁石に乗り上げて走るのが“オレ流”だからだ。ただそれだけのことだった」

GB「つまり、ダイヤモンドの原石を削ろうとする時、間違った形状にしたら台無しになるように、とても危険なことなのだ。マクラーレンでは、アイルトンがどうやっているのか知ろうとしたこともあった。それでも、自分らしくいる方がずっと良かった」

「MP4/5Bは3年間のマクラーレン時代で一番のお気に入り」。“セナプロ対決”の呪縛から親友とチームを救ったゲルハルト・ベルガー
ゲルハルト・ベルガーは1990年から92年まで、3年間マクラーレンに在籍した

■3年間で一番のお気に入り

──MP4/5Bの印象は?

GB「印象に残っているのは、エンジンのポテンシャルの高さだった。とても優れたエンジンで、特別なものだった。フェラーリのV12エンジンは、トップエンドまでの伸びが素晴らしかった。一方で、トルクを考えると、トータルパッケージでホンダのエンジンは驚異的だった」

──それにエアボックスの位置も高かったですね。

GB「ああ、そうかもしれない。頭がエアボックスの前にあったしね」

──独特な形状のディフューザーでしたが、問題も多々ありました。

GB「我々は長年かけて学び、とくに今、レギュレーションが変わって復活したが、センシティブなフロアはうまく機能しないものだ。フロアが路面の影響を受けすぎて、とてもドライブしづらかった。モンツァのレズモのようなコーナーでは、バンプの影響が大きかった」

──振り返ってみてMP4/5シリーズの印象は?

GB「私にとって、マクラーレンのベストマシンを挙げるとしたら、1988年のものだ。エンジンとシャシーのコンビネーションが素晴らしかった。とはいえ、90年のマシンも悪くない。アイルトンがチャンピオンシップを制したのだから、文句のつけようがないだろう。実際、V12よりV10の方が好きなので、3シーズンの中で、もっとも気に入ったマシンだった。トルクもあり、燃費も良かったし、スタート時の重量も軽かった。V12にはトップエンドの伸びがあるけれど、全体的なパッケージとしてはV10の方が好きだったね」

「MP4/5Bは3年間のマクラーレン時代で一番のお気に入り」。“セナプロ対決”の呪縛から親友とチームを救ったゲルハルト・ベルガー
前年まで4年連続で勝利を挙げてきたゲルハルト・ベルガーだが、マクラーレン移籍初年度の1990年は未勝利に終わった

■アスカネリがいれば……

──マクラーレン時代のことで、後悔していることはありますか?

GB「唯一、今でも心に残っているのは、マラネロで長きにわたって一緒に働いていたエンジニアのジョルジオ・アスカネリのことだ。彼は本当に最高の存在だった。私がピットに戻ると、アスカネリは私の目を見ただけで、アンダーステアか、オーバーステアなのか、マシンに何が必要なのかを理解してくれた。彼はマシンに関する作業を現代のテクノロジー、つまりコンピューターやデータを駆使して行なった最初のエンジニアだったんだ。私はピットに戻って、クルマの挙動はこんな感じだと伝えたら、すぐにサーキットを離れることができた。データを駆使してマシンを完璧に仕上げておいてくれたよ」

GB「ティム・ライトやスティーブ・ハラムも悪くはなかったが、アスカネリとは違った。ふたりともアランというドライバーと仕事をしていたので優秀なエンジニアだったが、セットアップのスタイルはアスカネリとは異なっていた。そのスタイルは、私にとってあまり機能しないというか、それを学ぶ余裕がなかった。というのも、アイルトンにとっては、すべてがうまくいっていたからだ」

GB「ロンに、アスカネリを加入させたいと何度も訴えていたら、ある日私を呼び出し『ゲルハルト、良い知らせと悪い知らせがある』と言う。『どういう意味だ?』と尋ねると、『まず、どちらを先に聞きたい?』と言われたので、『良い知らせを先に』と答えた。すると『アスカネリは我々のチームの一員になった』と。『すごいじゃないか! では、悪い知らせとは?』と尋ねると、『彼はアイルトンのマシンを担当する』と言った」

GB「これでとどめを刺された。アイルトンと競い合うために私が必要としていたのは、まさにアスカネリだったからだ。それで、アイルトンとアスカネリのコンビネーションは、どうだったかって? とうてい太刀打ちできるものではなかったよ!」

──マクラーレンでの3年をひと言でいうと?

GB「もっとも長く在籍したのはフェラーリなので、心の中ではフェラーリとの結びつきがとても強い。それでも、マクラーレンは家族のような存在だった。間違いなくロンは、あの当時、最高のチームマネージャーだったし、もうひとりのチームオーナーであるマンスール・オジェは、彼が亡くなるまでの長い間、親友と呼べる存在だった。オートレイ、ラミレスなど、チームスタッフ全員を家族のように大切に思っていたし、3年間、マクラーレンでドライブするチャンスが与えられたことを、とても感謝している。確かにパフォーマンスという点で、アイルトンと競い合うのは少し厳しかったが、つねに自分に正直でいることができたよ」

* * * * * * *

『GP Car Story Vol.50 McLaren MP4/5B』では、今回お届けしたベルガーのインタビュー以外にも見どころ満載。巻頭ではホンダのエンジニアとしてセナを担当した木内健雄氏と川井一仁氏のスペシャル対談を掲載。ふたりに1990年シーズンの思い出を語ってもらった。

 ホンダV10の特集企画では、プロジェクトリーダー後藤治氏のインタビュー他、開発陣による座談会。また車体開発のメンバーとして、ニール・オートレイ、マイク・ガスコインのインタビュー。中でもガスコインのインタビューでも語られた幻のハイノーズMP4/5Bの企画は、写真にも注目してもらいたい。

 他にもチームメンバーとしてチームマネージャーのジョー・ラミレス、テストドライバーのアラン・マクニッシュのインタビュー。そして、今年は没後30年ということでF1の現場でも度々イベントが行われてきたセナの貴重なインタビューは必読。その最大のライバルであるアラン・プロスト、フェニックスで大バトルを演じたジャン・アレジらのインタビューと、読み応え充分の内容でお届けする。

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