更新日: 2019.10.10 10:01
《ホンダF1田辺TDインタビュー2》第二期と現在の違い。PUの信頼性を劇的に向上できたオールホンダの開発背景とレース哲学
──さらに、田辺TDの代になってから、ホンダジェットの飛行機の開発技術を取り入れるなど、ホンダ全社的にF1に取り組むような雰囲気になってきました。
「信頼性に関しては、それまで学んだというのが一番大きいと思いますけど、そこからSakura研究所だけでなくて、オールホンダのR&D(リサーチ&ディベロップメント)としてのリソースを投入するような形で、ホンダとしても技術的にもリソース的にもいろいろな広い範囲の研究をしてきました。その研究からF1のパワーユニットとして必要なところ、今困っているところは何か、そこに長けた技術を持っているところはどこか、というところで一緒にいろいろな部署とリンクしながら開発を進められたのは、ひとつ大きなところがあると思います」
──ホンダ全社的な取り組みになったのは、田辺TD、浅木PU開発責任者の提案になるのですか?
「それは私というよりも、私の前から徐々にですね。やはり、それまでいろいろ壊れていましたから(苦笑)。どこが壊れているのか、その技術はどうしたらいいか、ここにあるじゃないかと。そういう形で会社の上の方から話が始まったと聞いています。やはりホンダとしてF1に参戦しているなか、Sakura研究所だけでやっているわけではなくて、ホンダとしてF1を戦っているんだと考えたときに、会社のトップレベルの高いところから見て他に技術を持っているところがあるのなら、もっともっと使いましょうと。大きな目で見てホンダとして参戦する意義はなにかと。ホンダとして参戦しているんです、というところから序々にオールホンダのR&Dの協力、コラボレーションが始まりました」
──田辺TDの前までは、PUがよく壊れて信頼性にメドが立っていない状況でした。そのなかで、アメリカのインディを担当した時にF1の現場責任者として声が掛かったときはどのような心境でしたか?
「正直、怖かったですよ(苦笑)。外から見ていて、ものすごく大変だなと思っていたわけです。もともとエンジン屋なので、壊しているものを治すというのがどれほど大変なことかは知っていましたし、あとは先ほどの高度な技術を要するユニット、MGU-Hなどが壊れている。それを治すのはそうそう簡単なことではないというのを見ていましたし、聞いてもいましたから」
──それでも受ける決心を決めた。
「そういう意味では、新しいチャレンジにもう一度、自分の身を置かせてくれることを会社が判断したということで、それを素直にチャレンジしてみようと。ホンダに勤めているからこそ、モータースポーツの世界の頂点と言われるレースに関われる。そのホンダの会社からやってくれと言われたら、もう1回、挑戦するしかないですね」
──ホンダとしても、レースにおいてのエンジンの開発経験を含めて、田辺TDが最後の切り札的な存在だったと聞いています。そして実際、信頼性は今年、飛躍的に高まり、出力もフェラーリ、メルセデスに確実に近づきました。その田辺TDがモットーとしているレースエンジン、パワーユニット開発のポイントといいますか、心得のようなものを教えて下さい。
「我々ホンダのエンジニアがいろいろ問題や起きた事象から学んで、技術として蓄積した上に、今のPUができてきた。それが一番の根本の要因だと思うんですけど。私がというところで考えると、ホンダに入社してF1に関わるようになって、ベンチテストから私の仕事は始まりまして、とにかく当時はエンジンですけど、フェール(fail/失敗すること。不足すること)というのはドライバーの命に関わるというところをすごく教え込まれ、すり込まれました」
「たとえば、エンジンからオイルが漏れて、そのオイルがタイヤにかかってしまえばドライバーはスピンしてしまう。そしてオイルが漏れてエンジンがブローしてしまう。燃料漏れで火が出てしまっても同じですよね。それは我々のエンジンを積んでいるドライバーだけではなくて、周りのドライバーにも迷惑を掛けてしまうことになる」
「ベンチテストの時、オイルの飛沫が飛んでいないか、エンジンにオイルのにじみがないか、あとは床もきれいにしてベンチをきれいにしておく。特にファクトリーから発送チェックをする確認のときなどはたとえば小さな部品が落ちていないか。ネジひとつにしても何キロも走っているとそのうち重大な問題になることもありますので、そういう部分の信頼性はドライバーの生死に直結しているんだよ、というところをすごく叩き込まれました」
「それは今のチームのメカニックも同じで、基本設計の中での信頼性確保も当然ですけど、エンジン、パワーユニットになって膨大な数の部品が組み合わさったクルマをサーキットでメンテナンスして、そして短い時間でセッティングを変更してコースに出しています。そこでミスひとつあって、足回りがちょっとおかしくなればエンジントラブルと同じでドライバーがコースに飛び出してしまう。そういう意味ではお互い、ドライバーはエンジニアを信じ、メカニックを信じ、我々は彼らの仕事を信じ、そういう信頼関係で結ばれる。その命というところの考えが大きいのかなと思います」