驚異的なのは69周目に1分24秒721にタイムアップしたことだ。いったんは28秒台まで落ち込んだのに、これこそ気力のなせる技だろう。71周目、セナは2位パトレーゼを2.991秒リードしたままゴールラインにたどりついた。その瞬間、初めて聴くような大歓声がどよめき、踊り狂って喜ぶ観客たちを放送席から目撃した(あの光景はいまも目に焼き付いている)。
「ギヤのトラブルがいよいよ深刻な症状になって、パトレーゼが迫ってきているのは分かっていた。もうこれではだめかと諦めかけたんだ。いや、ここで勝つのが自分の使命だと思い、全ての力を出しきった。雨が落ちてきてますます難しくなっていた、とくにブレーキングが(苦笑)。ゴールした後は体じゅうが痺れてしまって、ほんとうに苦しかった」

小雨が降る表彰台で彼は右腕に最後の力(気力)をこめ、トロフィーを掲げてから、頭上高くシャンパンを上げると、自分にふりかけた。右に2位パトレーゼと左に3位ベルガー、ふたりはつつましく脇役のように“神セナ”を称えているように見えた。
言うまでもないかもしれないが3位ベルガーを担当したエンジニアが現在の田辺豊治F1テクニカルディレクター。セナと同じ60年生まれ、当時31歳の青年エンジニアであった。28年前のブラジルGPは1-3フィニッシュ、それを超える『POWERED by HONDA』の1-2がここに成し遂げられた。
ホンダ・パワーによるウイナーはこれまでに10人。時代順にリッチー・ギンサー1勝、ジョン・サーティーズ1勝/ケケ・ロズベルグ3勝、ネルソン・ピケ7勝、ナイジェル・マンセル13勝、アイルトン・セナ32勝、アラン・プロスト11勝、ゲルハルト・ベルガー3勝/ジェンソン・バトン1勝/マックス・フェルスタッペン3勝。さらなる“11人目のウイナー”が新たに現れるか――。
