Text/Adam Cooper / Translation/Kenji Mizugaki

──セナと知り合って、どんな印象を受けましたか?
ハッキネン:とにかくスゴい人だったよ。アイルトンが、ひとまず(F1キャリア初期の)私は脅威にはならないと判断してからは、友達とは言わないまでも、いい関係を保って互いに十分な敬意を払っていた。

 だが、チームメイトになった途端、彼の態度は「この若造は、いったいどこの馬の骨だ」と言わんばかりになったんだ。そういう点では本当に傲慢だった。まあ、こっちは若いテストドライバーで、向こうはワールドチャンピオンだったし、そういう態度によって強くなれるということもあるだろう。

 ご存知のように、その後、私がコース上で彼と争うようになり、ポルトガルで彼を苦境に立たせたところで、アイルトンはようやく目を覚ました。真剣に向き合わないと、滑稽に見えるのは自分の方であることを理解したんだ!

──マイケル・アンドレッティは脅威にはならず、セナは110%で走る必要はなかったのでしょうか?
ハッキネン:そういうことになるね。

──アンドレッティとの交代を知らされたのは、いつのことだったか覚えていますか?
ハッキネン:思い出せない。だが、マイケルはブラジルやドニントンで大きなアクシデントを起こしていて、ほかにもクラッシュが多かった。だから、いずれはロンが彼に電話をして、「辞めてもらう」と伝えることになるだろうと思っていた。

──ポルトガルGPへ向かうあなたのモチベーションは、とても高かったに違いありませんね。
ハッキネン:もちろんさ。プレッシャーもなく、ただ自分の仕事をすればよかった。クルマについては、もう100%知り尽くしていて、すぐに限界領域で走らせることができた。

──クルマの仕上がりは良かったのですか?
ハッキネン:ああ。だけど、ポールポジションは獲れなかった。どんなに好調でもウイリアムズより遅いという事実は、私たちの競争力不足をあらためて証明するものだった。

 レースではクラッシュしてしまった。スタートはうまく決まって、アイルトンには抜かれたが、彼に対しては何の抵抗もしなかった。マクラーレンに来て初めてのレースで、チームメイトと絡んでクラッシュなんて絶対に避けたかったから「どうぞお先に」と思ったんだ。

 レースはまだ先が長く、何が起きるか分からなかった。私は(ジャン)アレジのフェラーリの後ろを走っていたが、彼はストレートがとても速くて、どう頑張っても簡単に引き離されてしまった。

 そこで私は、少しずつリスクを取って、最終コーナーを攻め始めた。こっちは旋回時間の長いコーナーで稼ぐしかないからだ。そして、私はほんの少しだけ縁石に乗りすぎた。そこではまだ大丈夫だったのだが、縁石の向こうの地面に大きな穴があり、クルマが宙に舞い上がって、私のレースはそこで終わった。

■本当にいいクルマだった

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