それを最終的に折れさせたのは、地元政府保健当局だ。これまで「イベント開催に問題なし」としていた見解を、この13日金曜日の朝になって「多数の観客を動員してのイベント開催は自粛すべし」と一転させた。
これによってAGPCとしてはイベントを継続する意味がなくなった。継続してもチケット返金はしなければならないからだ。
これでようやくAGPCとFIA、F1が一体となってオーストラリアGP中止の決定を下し、チーム側に通達されたのが午前9時45分頃。セッションの開始に向けての準備は行わず、ただその瞬間を待っていたチームスタッフたちは、チームからそれを伝えられ、ただちに撤収作業へと入っていった。いつもであれば決勝後に見られるように、ガレージ裏に航空便や船便用のコンテナが並び、そこへと梱包作業を行っていく慌ただしい風景が広がった。

現地スタッフの数が限られている今は、多くのチームがエンジニアも含めてともに撤収作業を行うため現場に来ていたが、ピレリのように役割分担がはっきりしている組織の場合はエンジニアはサーキットに連れて来てさえいなかった。セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)やキミ・ライコネン(アルファロメオ)など当初から開催に反対の意向を示していたドライバーは、すでに午前6時のエミレーツ便でメルボルンを後にしていた。
主催者側はいざしらず、F1側としては金曜朝の時点でイベントへの不参加を決めていたというわけだ。メルセデスAMGはなかなか中止の正式決定が下らない状況のなかで、FIAとF1に対して中止を要請するレターを送っていたことも明らかにしている。
午前11時30分からAGPCの会長とCEO、F1のチェイス・キャリーCEO、FIAを代表してマイケル・マシ(レースディレクター)が揃って記者会見を行うことになったが、それも屋内ではなく屋外で行うこととなったため機材の調整に手間取り、開始は15分ほど遅れた。

そしてそうこうしているうちにメディア関係者は12時30分までとされていたパドックへの立ち入りがすでにできなくなっており、取材のアポイントメントがある一部メディアとゲート前の警備員の間で一悶着が起きる場面もあった。最終的には「12時30分までに退出すること」という条件で残り数分のパドック入場が許可されたが、チーム関係者は中止に関して明言を避けておりこれといった取材成果が得られるような状況ではなかった。
AGPCの会長やCEOは「COVID-19を巡る状況は極めて流動的であり、2〜3日前の段階では、こうなることは予想はできなかった。状況は急速に変化した」「政府保健当局の見解変更が最大の要因だった」とこれ以上早く中止の決断を下すことはできなかったと弁明したが、果たしてそうだろうか?
こうなることは予想できなかったとしても、こうなる可能性があることは誰でも予想できていた。であれば、何が起きた際にはどう判断するかという事前準備はしっかりと行っているべきだった。現地では、そうした判断と対策が非常に曖昧かつ緩慢であったように感じられた。それを知ると、彼らの開催強行を前提とした「開催に問題なし」というスタンスはあまりに楽観的過ぎたのではないかとも思えてならない。
もし彼らがしっかりとリスクマネージメントをしていれば、大勢のチーム関係者を現地へ呼び寄せて彼らにも地元メルボルンにも感染拡大のリスクを広げることも、大勢の観客を金曜朝のゲート前で1時間以上も待たせたうえそのまま帰らせるといったこともしなくて済んだのではないか。
誰も経済的損失を被りたくがないゆえに責任を取りたくないという状況の中でここまで来てしまい、最悪の結果に終わった。それは主催者AGPCだけでなく、FIAやF1側の問題でもある。年間22戦からさらに拡大しようと模索する前に、我々はF1グランプリというもののあり方をもう一度見つめ直す時に来ているのではないかと感じられた開幕戦オーストラリアGPだった。
