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投稿日: 2020.06.23 12:06
更新日: 2020.06.23 12:08

【特別寄稿】2012年日本GP3位表彰台直後の可夢偉ザウバーシート喪失。今だから明かせるマネージャーのF1契約秘話


F1 | 【特別寄稿】2012年日本GP3位表彰台直後の可夢偉ザウバーシート喪失。今だから明かせるマネージャーのF1契約秘話

 可夢偉自身、2012年のシーズン中から、ザウバーのシートを失う流れは感じ取っていた。もともとザウバーとの契約延長の期限は、F1が夏休み中だった8月31日に設定されていた。しかし可夢偉の去就に関して、話はまとまらないまま期限をすぎてシーズン後半戦が始まり、9月のイタリアGP後にはチームメイトのセルジオ・ペレスのマクラーレンへの移籍が決まった。

 ご存じのとおり、ペレスは米国フォーブス社が発表する世界億万長者ランキングで2010年から連続世界一を獲得しているメキシコの実業家、カルロス・スリムが所有する大手通信企業『テルメックス』が支援するドライバープログラム出身。

 その彼を起用することでチームに莫大なメキシコマネーが持ち込まれていた。大口スポンサーを持たないチームにとってもメキシコマネーは必要不可欠なものだった。

 テルメックス側は13年以降もチームを継続支援するかわりに、ペレスと同じプログラム出身で、当時テストドライバーだったエステバン・グティエレスの昇格を求めていた。両者の関係は相思相愛で、グティエレスのレギュラードライバー起用は既定路線だった。

 ザウバー在籍期間中、可夢偉もチームの状況は充分理解していたので、スポンサー探しに奔走していたが、当時は震災からの復興や東京オリンピック誘致に向けて各企業が協賛金の使い道をシフトしていたタイミング。新規の案件、さらにF1規模のスポンサーフィーを募るのは至難の技だった。

 ザウバーは、可夢偉が日本GPで表彰台を獲得した翌週に行なわれた韓国GP後に「2013年はニコ・ヒュルケンベルグが加入する」ことを内定。この時点でザウバー継続の道は事実上途絶えてしまう。

2012 F1第20戦ブラジルGP決勝 モニシャ・カルテンボーン&小林可夢偉(ザウバー)

 ただ、この頃とある代理店から“ザウバーで可夢偉が走るのであれば”という条件でチームのタイトルスポンサーとして支援してくれる日本企業の話が持ち込まれた。

 この企業は過去にF1チームのスポンサーを務めた実績があり、インドGPでその詳細を具体的に聞いたが、インドGP後に発表されるヒュルケンベルグと、まだ発表されていないとはいえグティエレスが昇格確実のザウバーで、可夢偉が走れる可能性はないため、この支援策を可夢偉が他のチームに走るために切り替えていただけないかお願いした。

 一方、このインド‐アブダビ連戦の後、日本に戻ってからKAMUI SUPPORTを立ち上げることになった。このKAMUI SUPPORTはもともと可夢偉のアイデアで、私は最後まで反対していた。

 その理由はいくつかあった。ファンからお金を直接受け取る=よりダイレクトな関係になるため、大きな責任を背負うことになること。当然、これまで以上にその動向が注目を集めることになり、必要以上にいろいろと詮索されてしまうかもしれないこと。そして、なによりもまだ26歳(当時)という年齢で、この先、一生責任を負う可能性があることも反対の理由だった。

 いまでこそクラウドファンディングなど全世界で当たり前になっているが、当時は誰にとっても未知の領域であり、ただでさえ小心者の私にとっては不安しかなかった。

 可夢偉とはこの件で日本でも海外でも侃々諤々やりあった。インドGP後のホテルでは夕食中もかなり激しく議論したが、最後は彼の「絶対大丈夫だから」というひと言に押されて始めることとなった。

 おかげさまで、KAMUI SUPPORTは1万人を超える方々にご協力をいただいた。昼夜を問わず5分間で20件、多いときは30件と協力してくださるファンの数が増えていった。

 私はKAMUI SUPPORTの状況や届いたメールを随時確認していて、可夢偉もレースウイークエンドにはミーティングを終えて控え室に戻ってくるとまず「どんな感じ?」と真っ先に尋ねてきた。

 じつは、後にこのKAMUI SUPPORTに募金していただいたファンの方々の“総数”が可夢偉のF1復帰の決め手となった。

 2013年末、ケータハムとの話が進み、可夢偉はロンドンでチームオーナー、トニー・フェルナンデスと最終面談の機会を得た。その面談でフェルナンデスの一番の関心は、いったい何名のファンが可夢偉に募金をしてくれたかだった。

「1万人以上」という人数を聞いたフェルナンデスは「それだけ大勢のファンは裏切れないね」と、その場で可夢偉の起用を決めた。

 面談後、この話を可夢偉から聞いた私は、KAMUI SUPPORTに協力してくれたファンの力をあらためて感じた一方、その思いに応えることができたことに安堵した。

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