更新日: 2020.11.07 12:21
【中野信治のF1分析第13戦】クビアトにペレス、追い詰められたドライバーの意地。さまざまな想いが交錯したイモラ
レース終盤にはセーフティカーが導入されましたが、導入直後にジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)がスピン、クラッシュしてしまい、セーフティカー開けではアレクサンダー・アルボン(レッドブル・ホンダ)もスピンしてしまいました。これに関しては、タイヤが冷えてしまったときの難しさがまた出てしまったのかなと思います。
モニター画面を見ていると、ラッセルにしかりアルボンにしかり、『そこでスピンするか?』と見ている側には思われてしまうような場所でコントロールを失っていましたよね。マシンの動き方もありえないくらい極端な動きで、特にラッセルの場合は何かが壊れたのではないかと一瞬思ってしまうような動き方でした。ドライバーのミスと言えばそれまでなのですが、あれだけタフなパワーユニット(PU/エンジン)を積んだF1マシンで、タイヤが冷えているときに蛇行やホイールスピンをさせながらタイヤを温めるというのは簡単なことではありません。
ドライバーとしてはスローペースになった途端、本当に極端にグリップが下がってしまうんですよね。画面からではすごく分かりづらいのですが、タイヤのゴムがまったく路面に接地しなくなってしまうんです。その感覚をなんて説明したら良いのか………。
それまでは溶けたタイヤのゴムがアスファルトの路面の隙間に入り込んでいたのが、いきなり急速冷凍されてぱっと固まってしまったような感じです。タイヤのゴムが路面から急に浮き上がってくるようなイメージです。ドライバーもよく『氷の上を走っているようだ』などと言いますが、まさにそのとおりの感覚です。
ラッセルのスピンに関しては、そのグリップ低下の読みを誤ったという感じですね。セーフティカーが入ったことでハードタイヤの温度が急激に下がってしまい、ラッセルが思っていたよりもグリップが下がっていたということだと思います。クラッシュ後にマシンを降りて本人も悔しがっていましたが、ポイント圏内を走っていていい走りを見せていながら自分自身のミスでレースを落としてしまうのは、やはり余計に悔しいですよね。
ラッセルからはすごく悔しさが伝わってきましたし、ああいう経験をしてラッセルも強くなっていくと思いますし、悔しがる姿がよいと言うのはおかしいとは思いますが、僕的には良いなと思いましたね。このドライバーはまだ強くなるだろうとも思いました。
人間なので誰でもミスはします。それは仕方がないことです。過去にはミカ・ハッキネンもF3の頃でもF1でもコースサイドで大号泣していましたが、ドライバーがミスしたり負けたときに『しょうがない』と思うのではなく、どれだけ犯してしまったミスに対して、どう自分が受け止めて、どう消化して次のレースや未来の自分に向かってプラスにしていけるのかが大事ですし、それがドライバーの仕事でもあります。
■シーズン終盤で2021年のシートを争うドライバーたちの必死の走り
また、ドライバーにとってはそろそろ来シーズンの契約が決定してくる時期になってきました。もちろん、シートが決まっていないドライバーはよいところを見せたい思いがありますし、複雑な心境になっているドライバーもいると思います。それはドライバーの今のポジションによって変わってきます。
来シーズンのシートが決まっていなくて、今一番シビアな状況にいるのはアルボンとセルジオ・ペレス(レーシングポイント)、そしてダニール・クビアト(アルファタウリ・ホンダ)でしょうか。アルボンは、セーフティカー開けのスピンを見ても、若干の焦りが出ているのを感じます。集中力を高めていい走りをしていることは見ていても感じられるのですが、ただ同時に、いつも以上に無理をしなくてはいけない部分もあるので、あのようなミスにつながってしまいます。それがプラスにいくかネガティブにいくかは、置かれている状況や環境で変わってきます。
本当にすごく大きなプレッシャーを感じてアルボンは走っていると思うので、それを良い方向に持っていければプラスになります。でも、今のナーバスなレッドブルのマシンはアルボンにとって難しい特性というのもあるでしょうし、そのマシンを冷えた状態のハードタイヤで走らせれば、今のマシンはさらに難しいクルマになると思います。アルボンはあそこで攻めないと魅せられないので、プッシュせざるを得ないですし、本当に難しい状況です。
見ている側としては『またアルボンがミスした』という感じでネガティブなことを言ってしまうと思います。実際、ミスはミスなのですが、周りのいろいろな環境を見てドライバーの心理、状況を考えると、同じドライバーの気持ちが分かる身としては、やはり僕はなんとも言えないですね。
僕も一時期ですが似たような境遇にあったので、それがいかに難しい状況なのかは少しですが分かります。それだけにたとえ自分のミスだとしてもアルボンを一方的に悪くは思えない。だから本当に頑張ってほしいと思いますし、まだ残りのレースもあるので、何かを見つけてほしいなと思いますね。
あと今回のイモラでは、アルファタウリ・ホンダの活躍が目立ちました。ピエール・ガスリーが予選で4番手を獲得する良い走りを見せました。決勝はトラブルで残念な結果に終わってしまいましたが、本当に良いレースができそうでした。最後はチームメイトのクビアトが頑張ってくれて、素晴らしいオーバーテイクシャルル・ルクレール(フェラーリ)をかわして4位になりました。
来季の去就でいうとクビアトも大きなプレッシャーのなかにいるひとりだと思います。すでにクビアトの来シーズンが決まっているのか、決まっていないのかは分からないですが、どういう立場にあってもレースで良いところを見せたいという気持ちはクビアトも強く持っていると思うので、それがあのオーバーテイクで見られました。クビアトはもともと遅いドライバーではないですし、今回は素晴らしい走りでしたね。
欲を言うと、もちろんガスリーが最後まで走っている姿を見たかった部分もあります。今回はホンダ勢の調子がすごく良かったですからね。4台ともに素晴らしい走りを見せてくれていただけに、その部分は残念でしたね。
そしてもうひとり、気になったのはペレスですね。あの段階で正解かどうかは分からないのですが、レース終盤に3番手を走っていたときにセーフティカーのタイミングでピットに入れました。あの予期はタイヤがタレてタイムが落ちていた訳ではないですし、十分に3位を獲得できる可能性がペレスにはあっただけに、あのピットインはドライバー的に悔しかっただろうなと思いましたね(結果は6位)。ペレスも来季の去就が決まっていないドライバーのひとりなので、ここで魅せておきたいという気持ちもあったと思います。
今回のイモラは、いろいろなドライバーたちの思惑が交錯したレースでしたよね。追い込まれたドライバーの意地みたいなものが見て取れました。そういうときドライバーは本当に凄い力を発揮してきます。
レースが年間20数戦あると、どこかでドライバーも自分の気持ちをコントロールしてきます。全力で走っているつもりでも、どこかで余裕を持たせているというか、そういう部分で98%から100%に持ってきたドライバーの能力というのは、やっぱり違う次元に行くんですよね。そういう部分でクビアトやペレスは魅せていたと思いますし、アルボンも良い走りをしていたと僕は思います。本当にいろいろな想いが交錯しているレースでした。本当に来季が決まっていないなかでのレースというのは、一戦一戦に全力で力が入ります。
最後にグランプリ終了後、イモラでテスト走行を行った角田裕毅に関してですが、この走行があるということは、来季に向けてかなりポジティブに動いているんだろうなと推測できます。逆に言えば、今回はマイレージを稼ぐための走行ではありましたが、やっぱり2年落ちのマシンといえどもF1マシン。今まで乗ってきたマシンとはまったく違うクルマで走ることは大きなプラスになります。
今回は確実にマイレージを稼いで、与えられた仕事をチームが納得できるようにしっかりとこなし、フィードバックなどもチームは全部見ているので、ただマシンを走らせるだけではなく、F1まで上がっていくとコンシステンシー(一貫性)であったり走り終わったあとのコメントなどが特に重要なので、そういった部分でも評価されます。
そのあたりをきちんとアピールして、今後もチャンスが得られるのであればそのときも同じく、きちんとチームにとってプラスになるフィードバックと走りができできれば、チーム内での評価がさらに高まると思います。すでに来季についてある程度の見通しが立っているのかもしれませんが、そうであるならば今から来年の戦いは始まっています。今後に向けてただ走るだけではなくて、そういった部分も意識して今後も取り組んでほしいなと思います。
<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
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