更新日: 2021.04.14 01:08
危険分子扱いされたライコネンのF1デビュー秘話。初陣で6位入賞の快挙にも「前にまだ5人いる」
Translation:Yutaka Mita
イモラでは走行中にステアリングがすっぽ抜ける珍事に見舞われながらも、冷静沈着に対処してあわやの惨事を回避、チームを感心させるということも起きている。オーストリアでは黄旗無視の判定がパリのFIA本部まで持ち込まれるも、無罪を勝ち取り、シーズンベストとなる4位をマーク。モントリオールでもやはり4位に入って、出場資格に対する疑義は払拭され、誰もがライコネンの実力を認めたのだった。
「マクラーレンの横恋慕は、6月頃にはもう始まっていた」とツェンダーは語る。「モントリオールで、シルク・ド・ソレイユのオーナー、ギィ・ラリベルテの自宅に招待されるということがあって、そこにロン・デニスとミカ・ハッキネンも来ていた」
「人目を憚ることなくキミにアプローチしてきて、それが余りにも見え見えなので唖然とした覚えがある。もう、なりふり構わずという感じでさ」
「ロンは、最年少チャンピオンにしてやるとか、散々甘言を弄したらしいよ。もっとも、キミの才能を考えればそれも決して夢物語ではないし、まあロンがそこまで惚れ込んでいた、ということなのだろうね」
「ザウバーとは3年契約を結んでいたが、より良いオファーがドライバーにもたらされたらどうするか、はいつも悩ましい問題だ。金銭問題はさておき、ドライバーの将来を優先してやりたい、という気持ちが働くからなんだ」
その後マクラーレンのアプローチは、水面下の打診から正式な交渉へと移行してゆく。ポイントでライコネンを上回っていたハイドフェルドにとって、これ以上腹立たしいことはあるまい。
「そりゃそうさ、ロンはニックの契約主でもあるのだからね」とロバートソン。「それだけキミの能力を買っていたということで、フットボールで言えばマンチェスター・ユナイテッドから誘われたに等しい。来年も同じ話が来るとは限らないし、ザウバーもさぞかし迷ったことだろう」
「ペーターは、できればもう1年キミを置いておきたかったようだが、彼のためを思って手放す決心をしてくれたんだ。でも、見返りもしっかりあって、契約を譲渡した資金で彼等は風洞実験施設を新設することができた。なんでも、“キミのウインドトンネル”と呼び習わしているそうだよ」
ライコネンのF1デビューイヤーの最後を飾る鈴鹿は、サスペンションの破損でスタート直後にコースアウトというアンチクライマックスで幕を閉じた。日程をすべて終えたその夜、F1関係者の溜まり場として知られる“ログ・キャビン”に姿を現したライコネンは、ロン・デニスがまるで実の父親のように寄り添う様子など、すっかりマクラーレンに溶け込んでいるかに見えて感慨を誘ったものだ。
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『GP Car Story Vol.35』では、今回お届けしたスティーブ・ロバートソンとベアト・ツェンダーが語るエピソードのほかにも、見所は万歳! ライコネンのデビューばかりがフォーカスされるクルマではあるが、C20が記録したランキング4位は、コンストラクター『ザウバー』として現在も最高成績として残っている(2008年の3位はBMWザウバーであり、記録上は別コンストラクター扱い)。
搭載されていたペトロナス・エンジンの責任者である後藤治は、本誌掲載インタビューの中で、完全なカスタマーエンジンであったことを認めていることからも、彼のコメントは車体性能の高さを証明したと言える。
その車体デザインに携わったセルジオ・リンランド、レオ・レス、ウイリー・ランプのインタビューのほか、すべてが結実したC20を駆り、ザウバー最高成績を残したライコネンとニック・ハイドフェルドのロングインタビューももちろん収録。結果的にキャリアの明暗が分かれたふたりのドライバー。その結末を知っているからこそ、あの時のふたりが置かれていた状況に思いを馳せながら読んでいただきたい。
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