レース終盤のハミルトンとメルセデスの無線では、前戦ロシアGPのランド・ノリスとマクラーレンのようにドライバーとチームの意思疎通がうまくいっていないような雰囲気でしたが、あのような切羽詰まった状況になると、これはもう人間なので乗っている側はやはりああいう気持ちになってしまいます。ハミルトンに関して賛否両論あると思いますが、ドライバーとしては『こうやった方が良かったじゃん!』ということになるのでしょう。
ですが冷静に考えてみると、チームの方としてもタイヤが最後まで持つか分からなかったこともありますし、やはりリスクを避けたかったと思います。ただ、それも結果論でしかありません。ハミルトンと言えども、シーズン中ずっと大人しくし続けるできないと思うので、追い上げている状況で無線でエキサイトするというのはレーサーなので仕方がないですし、チャンピオン争いをしているフェルスタッペンが前にいて、このままだとランキングも逆転されてしまうような状況のなかで戦っているので、ああいったシーンも時には必要だと思います。
もちろん、あのようなやりとりが毎回だと僕も『ちょっとな……』と思ってしまいますが、今回は逆にハミルトンの人間らしくファイターの部分を見た気がします。どのドライバーも同じようにパッション(情熱)を持っていて、激しい感情を持っているので、それがどこかのタイミングで出るというのは極めて正常なことだと思います。そのパッションはチームにとっても刺激になる時もありますし、お互いのリスペクトにもつながることがあります。やっぱりレーサーはこういう部分もなきゃダメだなと思いましたし、ハミルトンも『ここはアピールしないと!』という風に使い分けていると思うので、ハミルトンなりに考えての無線だったと思います。

そのハミルトンですが、レース前半には角田選手との良いバトルも印象的でした。角田選手としてもチャンピオンシップでレッドブル・ホンダを助けるという部分、自分のアピールという部分でも、簡単には抜かせない意思を見せるのはすごく重要なことだと思うので、数周に渡ってハミルトンを抑えたというのは本人の自信にも繋がると思います。ハミルトンも結構、様子を見ながらアタックしていたと思うので、一気に攻め込むという感じではありませんでしたね。タイヤの状況も見ながらバトルをしていたので、簡単にはオーバーテイクができなかったということもあります。
また、角田選手もすごくクリーンなバトルで序盤はクルマも良かったように見えました。今回のアルファタウリ・ホンダはウエットでもマシンバランスが良かったと思います。ただ、角田選手に関しては、あのハミルトンとのバトルでタイヤを使いすぎましたね。その後はガクッとペースが落ちてしまいスピンもしてしまいました。そこは角田選手にとっては勉強ですね。
レースはトータルで見なくてはいけないので、あそこでアピールすることも大事ですが、やはり最後は上位でフィニッシュすることが大事です。角田選手もああいった難しいコンディションで、さらにインターミディエイトであそこまで長く走るという経験は当然ないと思うので、今回すごく良い経験になったなと思います。インターミディエイトがどう変化していくのか、路面が乾いていく状況のなかでタイヤがスリックに近い状況になってきて、グリップがどのくらいまで落ちて、どのくらいまで堪えてくれるかというのはベテランドライバーたちは知っています。今回の角田選手は、これから上位を戦うための大きなステップになったのではないのかなと思います。
それと今回はセルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)のパフォーマンスが良かったですね。レース中盤ではハミルトンをバトルで抑え、終盤にはシャルル・ルクレール(フェラーリ)をオーバーテイクして3位表彰台に上がりました。
あのあたりはペレスの強さ、レースでのしぶとさを見せてくれて、レッドブル・ホンダにとっても今後のコンストラクターズ争い、チャンピオンシップを考えても、今回のペレスの頑張りが結構影響してくると思います。今回のリザルトでペレスの前にハミルトンが行くのと後ろに行くのとでは意味合いが全然違いますし、あのバトルで簡単にハミルトンが前に出ていたら流れが大きく変わっていたと思います。その部分でも今回はペレスがすごく良い仕事をしました。
今回のトルコGPの展開を見ても、レッドブル・ホンダとメルセデスの勢力図、そして今後のチャンピオン争いは本当に分からないですね。次のアメリカGPもクルマ的にはメルセデスが優位かなという気がしていますが、今シーズンはクルマの得意不得意、そしてセットアップの方向性の違いなどでサーキットごとに勢力図が変わっているので、単純に『このコースはこのクルマが速い』というのが予想どおりになりません。そこが今シーズンの面白さでもあり、次戦のアメリカGPも非常に楽しみですね。
そして最後になりますが、今回のトルコGPではレッドブルがホンダと日本のファンのために日本GP仕様のカラーリングに変更して、そして、2022年以降ホンダがレッドブルとの関係を強めていくという日本のファンにとってはうれしいニュースがありました。
僕にとっては国内ドライバーの育成面で大きなことで、若いドライバーたちにとっても希望が持てます。今年でホンダはF1活動を終了してしまいますが、これからヨーロッパに行って戦いたいというドライバーたちにとってもすごく朗報だと思いますし、我々、育成の立場としては、そういった道を残してあげるということはすごく重要なことだと思っています。将来への選択肢はたくさんあったほうがいいですし、すごく良いニュースだと思いましたので触れさせて頂きました。


<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
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