ふたりとも残りの周回数を結構(無線で)聞いていましたが、どこでタイヤをきっちり使い切るか。能力の高いドライバーは『こういう使い方をしていたらあと何周はこういう感じでこれくらいのタイムで走れる』とか、『ラスト何周で勝負するためにリヤタイヤをこれくらい残しておこう』とか計算しながら走ることができます。フェルスタッペンもハミルトンも、そのタイヤマネジメントがあまりにも絶妙すぎて、すごかったですよね。
そのなかでもやはり、今回一番のキーとなったのは、1回目のフェルスタッペンのピットストップですよね。あのタイミングで『ここで入れる』と判断したレッドブルのエンジニアリングチームの計算というか、判断力ですね。2回目のピットも驚くほど速くて、メルセデス側の作戦としては、2回目の戦略も遅らせるしかなくなり、最後まで引っ張って結果的にフェルスタッペンより8周新しいニュータイヤに変えて行きました。
当然、できるだけ燃料が軽くなったところでニュータイヤを入れて行きたい。そうするとタイヤに対する負担も少なくなるし、少ない状況で速いペースで走れるので、最後に勝負できる計算だったと思いますね。ただ、それでもフェルスタッペンのタイヤマネジメントが完璧でした。
フェルスタッペンはシンプルにステアリングの舵角を少なくして、クルマの向きをできるだけ速く変えていました。できるだけ縦の方向でトラクションをかけて加速させて、横向きに荷重をかけるとか滑らせる時間をできるだけ少なくして、そしてペースを落とさずにミニマムの動作で形にしていました。これも技術的に本当に高いレベルでタイミングよく完璧にしないとできないことです。これは追う方のハミルトンも同じです。
それでも、先にピットインしていたフェルスタッペンのタイヤは相当厳しそうで、高速コーナーではリヤがスライドしていましたね。レース後のインタビューでフェルスタッペンも言っていましたが、タイヤ的には相当限界にきていたと思います。ただ、低速コーナーでトラクションをきちんとかけられるところだけ残していれば、そう簡単には抜かれないというのがわかっていたと思います。チーム側もトラクションを気をつけるよう無線で伝えていましたよね。
タイヤのライフをうまくコントロールしながらペースを保って、最後の最後までわからない、スーパーハイレベルな2台の戦いだったので、本当に中継の解説ではそのすべてを表現するのがすごく難しかったですね。今年はアメリカGPだけではなく、何度かこういうレースがあるのですけど、本当にびっくりします。それを実現しているのは、フェルスタッペンとハミルトンがふたりとも完全に成熟しつつあって、本当に優秀なスタードライバーがいるからこそで、今シーズンは何度か奇跡的な瞬間が訪れていると思います。
最終ラップではふたりのバトルの目の前に周回遅れのハースがいて、フェルスタッペンがハースのマシンのお陰でDRSが使えたというというのも本当に大きかったですね。フェルスタッペンにとってはすごく恵まれました。一方のハミルトンのDRSは開いていなくて、ふたりのバトルはちょうど、1秒から0.9秒になるのを繰り返していて、DRSの計測地点でフェルスタッペンとギリギリ1秒以上だった。本当に運と流れがフェルスタッペンにあったのですよね。あの時DRSがなくてハミルトンが逆にDRSを使えていたら、勝負はわからなかったですね。

そういった意味で今回のフェルスタッペンの勝ち方は、少しシーズンの流れがレッドブルに来たという空気が感じられたかなと思います。ペレスの強さも改めて証明されたし、メルセデスもバルテリ・ボッタスがもう少しいい仕事をしていれば、流れが変わっていたと思うのですけど、前半の走りを見ていても、ボッタスの弱いところが出てしまいました。
そして今回、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)選手が予選Q3に進出して、決勝でも9位の結果以上にいいレースをしてくれましたね。ピエール(ガスリー)がサスペンショントラブルで脱落してしまって、アルファタウリにとっては角田選手が頼みの綱でもあったなかで、彼の真骨頂であるタイヤのマネジメントのうまさというのが今回すごく発揮されました。
スタートでも周りにミディアムタイヤが多いなか、角田選手はソフトタイヤのいいところをきちんと引き出して順位を上げてましたし、その後も、これまでレースだとどうしてもペースを下げたり、順位を下げたりというのがあったのですけど、後半に自己ベストを更新して、彼のいいところが今回に関しては全部出たレースでしたよね。
タイヤもうまくコントロールして、ペースも最後まで落とさず、前半戦ではボッタスとクリーンなバトルを見せ、その後は(キミ)ライコネン(アルファロメオ)とか(セバスチャン)ベッテル(アストンマーチン)も見事に抑え切りました。彼のFIA-F2時代に何度も見られた、うまくレースの流れを見ることができているなという。あの時のパフォーマンスが蘇ってきたような走りでした。
今季の前半はいろいろなことがありましたが、後半数戦少しづつ流れ作ってきて、角田裕毅選手の中でいろいろと我慢しているところもたくさんあったと思うのですけども、ようやく今、形になってポジティブな方向に来たように見えます。

今回のような内容を続けていくと、本当にチャンスが来たときに必ずいい結果を残すことができます。ですけど、流れが来ていないなかで無理すると、今のF1ではコースの外に飛んでいったりしてしまいます。今までそのパフォーマンスを出すタイミングを間違えていたのが角田選手だと思うので、本当に今回は強くなったというか、本来の実力を出せるようなところまで持ってこられたのかなと見ていて感じましたね。
最後にもうひとつ、国内レースになりますがスーパーフォーミュラで去年まで2年間、自分が監督として在籍していたTEAM MUGENの野尻智紀選手がチャンピオンを獲得して、チームメイトの大津弘樹選手(Red Bull MUGEN Team Goh)も新人ながら先日のツインリンクもてぎで初優勝を果たしました。
大津選手はもともと実力のあるドライバーで、いつ結果を残してもおかしくはなかったと思っています。追い込まれた土壇場に強い、彼の特徴が出たレースでした。野尻選手は3年目でタイトルを獲るということは僕のなかではイメージしていて、今年は全然心配していませんでした。開幕戦の富士のレースで勝ったあと『今年の野尻はチャンピオンになるよ』と言っていたのですけど、彼の今年の走りとか言動を見ていて、タイトルを獲るための準備がすべて整っていると感じていました。

チームもエンジニアにメカニック、今年は準備も整っていましたし、本当に今年の野尻選手は強くなったと思います。彼は自分の弱いところを受け入れて、何をしたら勝てるのかということを徹底的に自分のなかで葛藤し、戦って強くなりましたね。チャンピオンを決めた次の日に野尻選手とも大津選手とも(SRSで)鈴鹿で一緒だったのでお祝いをして、いろいろな話をしました。F1の角田選手の活躍とともに、自分がいたチームのドライバーたちが強くなって活躍してくれて、僕としてもとてもうれしい結果でした。
<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
公式HP https://www.c-shinji.com/
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