24周目にはフェルスタッペンのDRSが開き、ラッセルとの差を縮めて1コーナーでインに入り、これはフェルスタッペンが抜いたかなと思ったら、ラッセルが2コーナーでクロスラインを仕掛けターン3を並んでいくシーンもありました。フェルスタッペンに対してもきっちりとラインを残していて、ラッセルは周りがすごく見えています。だからといって完全に譲ってしまうわけでもなく、相手のラインを牽制しながらもギリギリ残すという絶妙すぎる争いに痺れました。守ったラッセルと攻めたフェルスタッペン、両者とも素晴らしかったですね。僕ならドライバー・オブ・ザ・デーをラッセルにあげたいなと思いました。
このバトルでのラッセルは本当に素晴らしく、末恐ろしいくらいです。あのふてぶてしさと強さ。しかも冷静に、あの若さでそういったバトルをしています。間違いなくラッセルはこれから来ますね。本当に冷静に後ろのフェルスタッペンの動きを見て、ムダな動きがひとつもありませんでした。今回のメルセデスはストレートスピードが少し速くなったことでラッセルが手負いのフェルスタッペンと同等のバトルができましたが、レースペースとしてはまだコンマ5秒くらいレッドブルに負けています。ただ、そんな厳しい状況のなかでの戦いっぷりは見事でした。

一方チームメイトのルイス・ハミルトンは、スタート後のターン4でケビン・マグヌッセン(ハース)と接触してしまい、また弱気な発言の無線が出てきてしまいました。ラッセルも前に行ってしまったので気持ちは分かります。「エンジンセーブするべきだよ」という無線は……正直あまり関係ないと思います(苦笑)。自分の勝てる権利がなくなってしまい、ラッセルに対しても勝負にならない、世界王者なのにこんな戦いはしたくないという、今年のハミルトンのネガティブな部分がすべて出てしまいましたね。
ですが、ハミルトンがそんな弱音を吐くと、チームが「8番手くらいまでは順位を上げられるよ」ということを言っていましたが、あの即答はスゴかったですね。あの瞬間にその後のレース戦略の計算ができているわけです。恐ろしいスピードでレース中の戦略や周回数、タイムの計算を行っていて、本当にどういう風に計算をしているかを知りたいです。あれを言わてしまうと、ハミルトンも『8番手まで上がれるの!?』と思わざるを得ません。
ハミルトンは実際にどんどんと順位を上げていき、途中から気持ちもノッてきたのかタイムもどんどんと上がっていました。ああいった状況だったので、ハミルトンもゾーンに入っていました。ドライバーは一度『もう駄目だ』となった後に開き直って、ゾーンに入ることがあります。今回のスペインでのハミルトンなら、ラッセルと十二分の勝負ができたと思います。ハミルトンは、ここ数戦ネガティブな感情が先に出てしまい、そういったゾーンに入った状態が離れてしまっていました。ですので、今回の件でそのゾーンを思い出して取り戻してくれるといいなと思います。
レッドブル陣営はフェルスタッペンを早めにピットインさせソフトタイヤに交換させるなど、驚くような戦略を採りましたが見事に作戦を遂行しました。何が良かったかというと、やはりレッドブルはタイヤのデグラデーション(性能劣化)がそれほど大きくないと証明されたことです。ソフトタイヤのストラテジーでタイムを落とさずに長く走ることができたことが勝因ですよね。
レッドブルが実際どう思っていたかは分かりませんが、タイヤが予想どおりに保つかどうが、際どい部分、結構賭けな部分もあったかと思います。ただ、ルクレールがリタイアしていなかったらどうなったかは分かりません。フェルスタッペンとレッドブルは、ルクレールがいない状況のなかでの完璧なタイヤマネジメントと、チームもマネジメントできるだろうと採った作戦が見事にハマりました。
そんなフェルスタッペンにトップの座を譲ることになったのが、チームメイトのセルジオ・ペレスです。最後の無線の気持ちも分かりますが、ペース的には圧倒的にフェルスタッペンの方が良かったので、「すごく不公平だけど、了解」とか「後で話し合おう」という無線はパフォーマンスですね。実際のところ、冷静に後で映像を見ると『これは譲らざるを得ない』という流れになっていました。でもそういったパフォーマンスも大事で、それだけの気持ちを持ってレースをしているんだということをチームにアピールすることは大事です。今回のペレスは良い仕事をしました。
角田裕毅(アルファタウリ)ですが、最初のペース的には好調かなと思いました。これまでの課題だった燃料が重いときのマシンパフォーマンスがそれほど悪く見えなかったのですが、途中に少しペースを落としていた感じはありました。そのあたりは冷静にタイヤマネジメントをしていたのかなと思います。レースの前半だけは少しプッシュ気味で前車についていくタイムで走り、タイヤが厳しくなってきたところで、そこからタイヤマネジメントも入れながらのペースコントロールで最後まで走り切ったという感じでした。

アルファタウリに関してはスペインでアップデートがなかったので、他のチームに対して若干厳しい状況のなかでの戦いだったと思いますが、そういった状況のなかでタイヤ、マシンのパフォーマンスを100%引き出すという部分では、今回の角田は非常に良い仕事をしたと思います。本当に成長を感じさせるレースでした。この流れを引き寄せたまま戦い続けていると、本当にマシンのアップデートがそのサーキットにピタッと当たったときにチャンスを引き寄せることができます。角田は、チーム内でも見た目以上に良い流れを作れていると思うので、今後も期待できると思います。
次戦のモナコも楽しみですが、フェラーリパワーユニットの信頼性や、メルセデスもスペインの最後ではリフト&コーストをしなければならなくなり、リフト&コーストはエンジンを労るということからなのか、燃費に不安があったからなのかは分かりません。ですが、実際のところは何らかのトラブルを抱えていたことは事実です。やはり気温が暑くなったときにはどのチームもギリギリなところで走っているので、気温36.4度、路面温度48.9度のスペインGPでは、どのチーム、どのエンジンメーカーも結構ギリギリまで攻めていることが分かりました。
そういった意味では、今後の勢力図はまだまだ分かりません。速ければいいという訳でもなく、パワーユニットもどんどん使ってしまうと後半戦が厳しくなります。トータルで考えると若干パワーを落としてでも確実にやらなくてはならないレースも出てくるでしょう。チャンピオンシップ争いは、今回はフェルスタッペンがルクレールを逆転しましたが、これからはまた強烈な戦いが引き続き見られると思います。昨シーズンはレッドブルvsメルセデスでしたが、今年はレッドブルvsフェラーリvsメルセデスという3強になったので、ますますシーズンが分からなくなり、一視聴者の意見になってしまいますが、今年のF1も本当に面白い状況です。
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<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
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