オモテもウラも。WEC最新ハイパーカー『プジョー9X8』のステアリングをディ・レスタが詳細解説
ステアリングホイールにスイッチ類がたくさん付いているのは、最新の乗用車も、ハイパーカークラスでWEC世界耐久選手権に参戦するプジョー9X8も同じだ。ステアリングホイールに大型のディスプレイが備わっているのは乗用車用ステアリングとの決定的な違いだが、スイッチ類の機能も異なる。93号車をドライブするポール・ディ・レスタに、ステアリングホイールに備わる各種ボタンやパドルの機能について説明してもらった。
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「『RAD』は見てのとおりでラジオ(無線)のボタン。ピットにいるエンジニアとコミュニケーションをとるときに使う。『PIT』はピットリミッター」
ピットレーンの制限速度は60km/hに定められている。ピットレーン入口手前でこのボタンを押すことにより、車両は自動的に60km/h未満の車速を保って走行する。
「『BB+(ビービーマイナス』と『BB+(ビービープラス)』はブレーキバランスだ。ブレーキの配分をフロント寄り(+)にするか、リヤ寄り(-)にするか、このボタンで調節する。『M1』と『M2』はちょっとテクニカルなんだけど……」
あまり詳しく説明したくない機能については、サラッといく感じだ。取材陣はディスプレイを点灯してくれるよう依頼したが(もちろん、そのほうが絵柄的に映えるからである)、きっぱり断られた。YouTubeのプジョー・スポール公式チャンネルでは9X8のオンボード映像が公開されているが、ディスプレイ部分にはしっかりボカシが入っている。相当なヒミツが隠されているに違いない……。
「『-1』と『+10』はある機能をアクティベート(有効にする)したり、オフにしたり、異なるマップに切り換えたりするのに使う。たとえば、何かの温度に応じて調節したりね。ドライバーの意志で行なうのではなく、エンジニアが無線を通じてドライバーに指示を出す。チームはテレメトリーシステムでクルマの状態をモニターして、(エンジンやブレーキなどの)温度を見ることができる。でも、チームは(無線を通じて)自らクルマを制御してはいけない。必ず、ドライバーが操作しなければいけないんだ」
重大なトラブルにつながるのを回避するため、チームはドライバーに、影響を与える機能のオンオフや、制御マップの切り換えなどに関する指示を出す。
「このボタンをどう使うかというと、チームの指示に従って機能を画面に呼び出し、(-1と+10)のボタンを使って『40のポジション2』といった具合にスクロールして、アクセプトする」
『ACK(アクノレッジ=承認の意)』のボタンを押すわけだが、このボタン、無線で『ピットに入れ』の指示が飛んできたときに『了解』の返事を無線でする代わりに押す場合もある。オンオフ/制御を切り換える際は、パソコンのリターンキーのような機能として働く。
「これは簡単だろ?」と、ディ・レスタが指さしたのはワイパーのボタンだ。
「『FCY』はフルコースイエローのときに押す(と、車速が自動的に80km/h未満に制御される)。『MRK(マークの意)』はコースを走っていて何か異常を感じたときに押す。後でエンジニアとデータを見ながら話をするんだ」
MRKボタンを押すと、コースのマップデータ上にボタンを押した箇所が記録される。そこでどんな異常を感じたのか、エンジニアはドライバーのコメントと車両データを照らし合わせ、問題の解決に努めることになる。
「『N』はニュートラル。これ(起動ボタンの絵文字)はオンオフボタン。『TC SD』と『TCR』はトラクションコントロール。詳しくは説明しないけど、トラクションコントロールを調節するときに使う。次はロータリースイッチ。『EOB』はバッテリー、『TRQ』はトルク、それにモード『MODE』とストラテジー『STRAT』だ」
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プジョー9X8は、最高出力が(富士6時間の場合)515kWに規定された2.6LV6ツインターボエンジンを車両ミッドに搭載して後輪を駆動し、最高出力が200kWに規定されたモーターをフロントに積んで前輪を駆動する。バッテリーはドライバーの背後、燃料タンクの下に搭載する決まりだ。
EOBはバッテリーの使い方に関するロータリースイッチ、TRQはエンジントルクの制御マップ切り換え、モードとストラテジーはパワーユニット全体をカバーする機能で、予選アタックだったり、ウエット路面だったり、燃費をセーブしたり、パフォーマンス優先だったりを切り換えたりする機能が割り当てられている、と想像しておこう。
ステアリングホイールの裏には左右に3枚ずつパドルが付いている。左上のパドルはライトフラッシャー(いわゆるパッシング)だと教えてくれた。前を走るGTEやLMP2に追い付きそうになったとき、後ろから結構な速度差で近づいていることを知らせるのが狙い。パドルを1回引くと、ヘッドライトが数回連続して点滅する仕組みだ。
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ステアリングを握った際に右の人差し指で押しやすい「裏」にあるボタンが、ドリンクボタンだ。レース中もっとも頻繁に使うのは、中段にあるシフトパドル(左がアップシフト、右がダウンシフト)だというが、押しやすい位置から推察するに、ドリンクボタンも重要度の高いボタンに違いない。
「これ(右上のパドル)はいろんな機能を割り当てることができるんだけど、いまはブーストとして使っている」
追い越ししたいとき、または防戦したいときに一時的にパワー優先になるボタンだろう。最下段はクラッチパドルだ。
「(左右)どっちを使ってもいい。ドライバーにとって快適だと思うほうを操作すればいいんだ」
ステアリングの表面に戻って、ディスプレイの上に横一列に並んでいるのは、シフトインジケーター。光の列によってシフトアップのタイミングをドライバーに伝える。左右それぞれに3つ並んだライトはマーシャルライトで、コースに黄旗や赤旗などのフラッグが掲示されている際、旗の掲示に連動して点灯する。
ドライバーの好みに応じて機能の割り当てを変更することは、技術的には可能だ。F1では同じチームに所属していても、ドライバーによってボタンへの機能の割り当てが異なるケースが多い。「カスタマイズは可能だよ」とディ・レスタは言う。
「でもね、いったん決めたら変えないし、変えたくない。なぜなら、耐久レースでは3人のドライバーが1台のクルマをシェアするからだ。ドライバー交代の際にステアリングを交換してもいいけど、そのぶん余計な時間がかかる。ドライバーチェンジを素早く済ませることが重要だからね」
「それから」と言って、ステアリングホイールが持つもっとも重要な機能を、ディ・レスタは最後に教えてくれた。
「右に回すとクルマの向きが右に変わり、左に回すと左に向きを変えるんだ(笑)」
Text : 世良耕太 (Kota Sera)
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