2006年にトム・ウォーキンショーが設立した同チームは、2010年のウォーキンショー死去の後、実子のライアン・ウォーキンショーが代表に就任。コートニーは「創設者であるトムとの特別な約束」を果たすためにも、チーム残留は必然だったという。
「いちばん最初の契約はトムと交わしたんだ。そのとき、トムは僕をまっすぐ見て『必要なものはすべてチームが準備する、助けが必要なときは必ず言ってくれ』って言ったんだ。だから僕は、チームとトムのためにすべてを捧げる決意をした。それは今、ライアンに対しても同じだ」

一方で、12年にわたってチームのエースに君臨し、前戦のサンダウン500でも勝利を挙げていたガース・タンダーは、スコット・パイの加入によりチームを放出されることが決まった。
「優勝した日曜が終わってすぐ、ライアンから来季の契約がないことを告げられた。すごく失望したし、本当に寂しい話だった」とタンダー。
代表のライアンは苦渋の決断だったとしながらも「通算50勝、26ポールポジション、72の表彰台、そしてバサーストでの2度の勝利。これまでチームの成功の大部分を彼ととともに成し遂げた事実は変わらない。彼はいつもチームの兄貴分的存在であり、今後のキャリアが幸運とともにあることを強く願っている」
