このボンネビルのチャレンジには、ホンダの四輪マシンとしては2006年、BARホンダがBAR007(2005年型F1マシン)のリヤウイングを外した状態で参加し、398km/hの最高速を記録していた。今回のプロジェクトは軽自動車のエンジンでその速度だけでなく、目標となる430km/hを超えなければならなかった。
「集まった16人のメンバーは人材育成が目的だったので20代から30代が中心。一番若いスタッフは当時19歳、最年長で35歳という構成でした。この若い16人のメンバーが1年間でゼロからクルマを設計して作って、それからテストをしてチームの運営をして、そしてレースに出なければならい。それまで社内の業務では担当が細分化されているんですけど、それまでの所属先とか各個人の技量は関係なく、全部、自分たちでやらなければなりませんでした」

まったくゼロからのスタート。どんなクルマを作らなければならないのか、各メンバーの個人の能力や適正をどう活かして、担当と役割を決めるのか、課せられた業務は山積みだった。
「430km/hを出すには、極端に言ってしまえばエンジン馬力と空気抵抗のふたつがクリアできば達成できます。S660に搭載されている量産の軽自動車エンジンは100馬力が限界ですが、カリカリにチューニングしてなんとか200馬力が出せれば、空気抵抗がCdA値0.1だったら理論上は450km/h出ることが分かりました。でも、それはあくまで理論上なので、目標としてはエンジンで250馬力、車体の空気抵抗もCdA値で0.09を目標に作ることを決めました」
CdA値0.09はほぼロケットの空気抵抗と同じ数値であり、一般的な量産車0.2〜0.3の半分以下の数値となる。ちなみに、F1マシンはコーナリング時のダウンフォースが重要なため前後のウイングなど空気抵抗は大きく、CdA値は0.4〜0.5と数値は高い。

エンジンに関しても、S-Dreamと名付けられたこのプロジェクトのマシンにはS660のベースエンジンが使用されることになったが、660ccの排気量で250馬力を出すには、リッターあたりに換算すると出力は約380馬力になる。この数値はほぼ、F1のエンジンと同じ出力だ。
「エンジンチームは6名いたのですが、図面を書けるのはひとりだけで、そのスタッフも入社4年目という若手でした。車体側でも設計を専門として作業したことのあるメンバーはほとんどいなくて、たまたま学生時代に航空機の設計をしたことのあるスタッフがいて、そのスタッフに車体開発をお願いしました。チームは図面を書けるスタッフがわずか3〜4人という形で、工具も分からないスタッフたちでスタートしました」と蔦エンジニア。