2014年春、新時代を迎える日本のモータースポーツシーンがいよいよ開幕を迎える。スーパーGT、スーパーフォーミュラという国内トップカテゴリーの開幕戦を間近に控えているが、スーパーGTのトップカテゴリーであるGT500クラス、そしてスーパーフォーミュラとも、車両規定が大幅に変わる。そして両カテゴリーとも、その心臓部に収まるのは、『NRE(ニッポン・レース・エンジン)』と名付けられた2リッター直4直噴ターボエンジンだ。

 今季、F1の動力源は1.6リッターV6直噴ターボエンジンに、ふたつのエネルギー回生システム(ERS)を組み合わせた複合システム『パワーユニット』に変更された。F1でも1時間あたり100kgという燃料流量規制が敷かれ、いかに有償のガソリンを使用せず、エンジン自体とERSでパワーを取り出すかが重要なポイントとなっている。

 一方、日本の両トップカテゴリーで採用されるのは、2リッター直4直噴ターボエンジン。スーパーGT500クラスに参戦するトヨタ/レクサス、ニッサン、ホンダという3社のモータースポーツ技術陣が、環境技術とモータースポーツの面白さの両立に向け検討を重ねて誕生したエンジン規定であり、ヨーロッパでWRC世界ラリー選手権、WTCC世界ツーリングカー選手権等に使用される『GRE(グローバル・レース・エンジン)』に対し、『NRE』と名付けられた。

●F1とは異なるアプローチ。“NRE”は日本車エンジンの未来に直結
 限られた燃料の中で、いかに効率的にパワーを得るか。内燃機関の究極の目標である高い熱効率、そしてリーンバーンを実現、それを実現するために、いかにターボを含む超高温の排気熱と戦うか。この『NRE』は、日本車のダウンサイジングターボの、新技術への挑戦に活かされるものだ。近年、市販車とモータースポーツの技術は離れる傾向にあったが、このNREの挑戦は、市販車の技術革新に直結する。

 このエンジンの思想は、F1と同様に燃料流量規制にポイントがある。燃料流量を規制する“流量リストリクター”が採用され、スーパーフォーミュラでは毎分8000回転から上で、1時間あたり100kgの量でガソリン使用量を制限する。シリンダー内に噴射する燃料噴射量を制限すれば、効率良く空気を取り込み、うまく燃焼させなければパワーは増えない。逆に言えば、限られた燃料をうまく使えば使うほど、ライバルに対しパワーが得られるという仕組みだ。これまで競技エンジンの性能を平滑化するために採用されてきたエアリストリクターの考え方とは大きく異なる考え方で、エアリストリクターはエンジンが吸い込む空気の量を制限しパワーを押さえてきたが、無限に存在する空気を抑制するより、限りがある燃料の使用量を抑制し、パワーを平滑化するという考え方だ。

 燃料の使用に制限をかける考え方は、日本のNREの方が先に明らかにされているのも挙げておきたい。また、NREの流量リストリクターは、使用するチームによりガソリンが異なるF1や、今季WEC世界耐久選手権でも採用されるセンサー式ではなく、日本の技術力が活かされた機械式。F1では開幕戦でダニエル・リカルドの失格問題などが起きるなど、センサー式はその正確性に疑問がもたれているが、NREが採用する共通流量リストリクターは、ここまでトラブルフリーでテストを行ってきた。レース前に抽選でリストリクターが配布される仕組みなど、公平性も配慮されている。

 また、このNREの流量リストリクターは、電磁弁により“バイパス”が開閉し、プラスアルファの燃料をエンジンに送り込むことができる。このプラスの燃料と過給圧を上げることで、オーバーテイクシステムとしても作動する。スーパーフォーミュラでは開幕戦時はボタンを押すと、プラス5パーセントの性能アップで20秒間×5回使用可能。今季のスーパーフォーミュラに採用されるSF14シャシーは空力的にも前走車に近づきやすくなっており、この新システムとともに、オーバーテイクの促進が期待されている。とは言え、昨年のF1でのKERS+DRSのように、易々と追い抜きができるものではなく、あくまでオーバーテイクの一助になるもの。オーバーテイクを決めるものはドライバーのテクニック次第としているのも特徴だ。

●軽量コンパクト&ハイパワー。スーパーフォーミュラはF1に迫る領域
 さらに、このNREは非常に軽量かつコンパクト。それでいて、メーカーの開発の自由度が高い。すでにトヨタRI4A、ホンダHR-414Eの画像が公開されているが、形状は大きく異なる。そのコンパクトさは特筆すべきもので、スーパーフォーミュラSF14のシャシーを開発したダラーラのスタッフも絶賛した。

 このコンパクトさが、今季導入されるスーパーフォーミュラSF14の非常にクイックな挙動にも貢献している。SF14は、『クイック&ライト』がコンセプト。わずか85kgのエンジン重量は、そのパフォーマンスに大きく貢献している。SF14はすでに鈴鹿で、コーナーによってはF1を上回るパフォーマンスを示している。「鈴鹿が楽しい! と思ったのはF1以来」とPETRONAS TOM'Sの中嶋一貴は語る。

「スポーツランドSUGOで、昨年までのクルマと同じラップタイムで新車は15%少ない燃料で走る。クルマの重さもありますが、技術の進歩だと思います(トヨタ永井洋治プロジェクトリーダー)」という環境技術を実現しながらも、名実共に世界最高峰のワンメイクフォーミュラに発展を遂げた。その速さ、パフォーマンス、ドライビングの楽しさは、元F1ドライバーたちも絶賛。環境技術に配慮しつつ、レース本来の面白さも充分に追求された、革新的なエンジンとも言える。

 そんな新エンジンの仕上がりについてホンダの佐伯昌浩プロジェクトリーダーは、25日に行われたスーパーフォーミュラ開催概要発表会で「これまでテストを見てきた結果からいうと、トヨタさんから少し遅れをとっている。今は80%くらいで、開幕までには性能もドライバビリティも、信頼性も上げて臨みたいと思っています」と現在の仕上がり具合について語った。

「ホンダにとって、レースに負けはない。今の時点では負けているように見えてしまっているので、その時点で許されることではない。開幕戦に向けて、今は爆発的にパフォーマンスを上げて、トヨタさんを置き去りにしたい」と意気込む佐伯リーダー。

 一方、ここまでテストでホンダ勢をリードする形になっているトヨタの永井リーダーは「ホンダさんが80%だったら負ける訳にはいかないので、90%で(笑)」と笑顔で語った。

「よく言うんですが、エンジニアリングに100%というのはないんですね。というのは、100というのは満足。我々は常に進化していて終わることはない。準備という面では100%ですけどね。素晴らしいドライバー皆に、良いレースをしてもらうために努力をしてきました」

●競争の中で、ニッポンの技術が培われる
 さて、そんなNREだが、初期の開発テストでは熱の問題にも悩まされたが、テストを重ねるごとに回転数が上がり、オフのテストでもいまやターボらしい、レーシーなエキゾーストノートを響かせながら走行している。4月5日〜6日のスーパーGT第1戦岡山、4月12日〜13日のスーパーフォーミュラ第1戦鈴鹿では素晴らしいレースが展開されそうだ。

 スーパーGTでは、ニッサン勢もその仕上がりの良さをみせ、富士スピードウェイのテストではカルソニックIMPUL GT-Rがメインストレートで300km/hの最高速を叩きだした。今季スーパーGT500クラスで採用される、DTMドイツツーリングカー選手権との共通シャシーはダウンフォースが強く、スーパーGTならではのハイグリップタイヤと相まって、強烈なスピードをみせつけている。

 スーパーGT、スーパーフォーミュラとも、モータースポーツとしてのコース上の迫力は昨年までを上回る。そして先にも述べたが、その競争の中で培われる技術は、ダウンサイジングターボの面で一歩欧州車勢に後れをとっていた日本メーカーの自動車技術の発展に直結するものだ。

「日本は技術を大事にしていかなければならない。やはり競争の中で技術は育つので、我々も負けたくはない」とトヨタ永井リーダーは意気込む。今シーズンは、日本のモータースポーツ界においても歴史的な転換点だ。ぜひサーキットでドライバーの、そして日本の自動車メーカーたちの切磋琢磨を目にして欲しい。

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