10日、都内でインディジャパン300マイルの開催概要記者会見に出席した佐藤琢磨(ロータス/KVレーシング・テクノロジー)が、集まったメディアに対し20分間質疑応答に回答した。
Q:初オーバルのカンザス戦で、ロジャー安川選手をスポッターに起用した経緯と、スポッターがいるレースを経験してどうでしたか。
佐藤琢磨:(以下S):ロードコースでもスポッターは使ってもいいんですが、実際自分で体験したことはそれまでなくて。オーバルでは絶対にスポッターがいないとレースをしちゃいけないので、カンザスでは誰かがやるんだろうな……と話はしていたんです。ひとりいた候補が事情でできなくなってしまって、実際にはギリギリまで決まらなかったですね。
実際プロのスポッターという人がいるのでそういう人になるだろうな、と思っていたんですが、「ベストなスポッターはドライバーだ」と言われて。ロングビーチの時チームから「ロジャーはどうか」と言われて、ロジャー選手のことはイギリス時代から良く知っていたので、「それは素晴らしい」と。ロジャーさんのアメリカでの豊富な経験があるので、ロジャー選手と話して、快く受けてもらいました。
僕は他のスポッターはどうか、というのは分からないんですが、ロジャー選手の声は僕にすごく入ってくる。彼の落ち着いた話ぶりやトーンというのは安心できます。300km/hオーバーで走っているので、その時にあんまりピーキーな声の人よりいいですよね(笑)。たぶん意識的にやっているのかもしれませんけど、彼は僕が走っているシーンを想像できると思うんです。だから、やりやすいように話しかけてくれますね。ドライバーとして、彼が走っていた時にあったスポッターへの要望や、良かったことの経験を僕に対してやってくれたと思うので、最初からほぼ文句のつけようがない、僕にとってこれ以上信頼できるパートナーはいないな、と思いましたね。
もちろん、スポッターからの情報やチームからの情報をもっとすり合わせて、クオリティの高い情報を得ることはできると思います。僕もオーバル初戦なので、そういう意味では望みうる以上の結果だったと思います。ロジャー選手自身も現役のインディカードライバーだったので、僕自身も彼の復帰を願っていますし、一緒に走るのを楽しみにしていますが、それまでは僕と一緒に別の形で走ってもらうということで、感謝しています。
Q:カンザスのスタートの時以外に、オーバルで驚いたところはありますか。
S:カンザスのレースは実際皆さん見て頂いたかどうか分からないですけど、スタートしてすぐに速度域が高くて、一瞬アクセルを抜いただけで、もう一度その速度に達するまでにすごく時間が掛かるんです。いくら650馬力のパワーがあっても、少しでもゆるめるだけであっという間に順位を落としてしまったんですが、レースを3周くらいして落ち着いて、そこから徐々に経験していきました。ひとりで走るときはカンザスの場合割と自由にラインを選べて、特にクルマが振られることなく走れるんですが、前にクルマがいると全然違う。特に、ラインが重なったりすると途端にタービュランスが複雑になるんです。ちょっと覚えるのに時間もかかりましたが、ひとたび覚えてからは割と楽しんでレースができました。タービュランスはあまりにシチュエーションが多くてうまく言葉では説明できないんですが、とにかく難しい。
それにポジショニングが大事で、前の選手を抜くのにも手前から位置を決めないと、自分が到達したところにいけない。それが3周以上かかるときもあるし、並走するときは一気に決めないとペースも悪くなるし燃料も使う、タイヤも減ってしまうということを学びましたね。そういう状況になるときは1回バックオフしたほうがいいです。タイヤも休むところがないので、リアルタイムに減っていく感覚が分かるんですね。前後の減り方はバランス次第ですが、F1と違ってアンチロールバーの調整がコクピットからできるのと、ウエイトジャッカーで車高調整ができるので、フロントタイヤの左右の荷重を変えたりと、いろいろなツールを使ってレースを戦っています。それがオーバル初体験の印象ですね。すごく楽しかったです。
Q:テレビ中継で拝見していたんですが、ロジャー安川さんと英語で交信しているんですね。
S:はい。英語です! 彼はアメリカ人ですから(笑)。というのは冗談で、当然チームがすべて情報を把握しないといけないですし、当たり前のように英語ですね。ロジャーと僕の間で日本語を使ってもいいんですが、そうするとチームがついてこれなくなってしまうので、たぶん日本語は使わないですね。
Q:カート時代以来ひさびさに武藤選手とライバルとしてコースで出会ったと思いますが、その感想と、カンザスを受けてインディ500に向けた自信を教えて下さい。
S:今日の記者会見でもご覧になったと思いますが、本当に仲が良いです。当然お互いライバル意識はあって負けたくない気持ちもありますが、それ以上にアメリカのシリーズを戦う上で、お互いをリスペクトしていく気持ちを持っているのでやりやすいし、武藤選手は人間的にソフトだし、昔カートをやっていた頃から仲が良かったですね。
カートを始めたころ、僕自身は大学に行っていて、武藤君は中学生だったので子どもだったんですが(笑)、一目置かれた存在でしたね。速かったこともあるんですが、ちょうどあの頃データロギングが始まった頃で、他はみんな持ってなかったんですが、ショップの関係で彼のクルマはロギングシステムがついていて、大人3人がついてワークスみたいな体制だった。「すごい子どもがいるな〜」と思って見てましたね。僕が行くトコ常にいるんですよ(笑)。「なんなんだろう」なんて思ってましたが、地方戦が始まってからはお互いトップ争いしていたし、ガレージが隣になったときはレースと関係ない話をしたりで仲良くなりましたね。
彼が先にイギリスに行ったんですが、僕がイギリスF3を始めた頃はロジャー選手といっしょに応援に来てくれたりしましたね。そういう絆がありました。その後武藤君が日本に戻ってトップフォーミュラに乗って、スーパーGTに乗って……という軌跡は僕も見ていたので、また同じフィールドで走れることは僕自身も嬉しいです。
Q:初めてのクラッシュでしたが、これで最後にしたいですね。
S:そうですね。仲良すぎましたね(笑)。アメリカでは「オーバルでは2種類のドライバーがいる」って言うらしいんです。ひとつはクラッシュしたドライバー、もうひとつはクラッシュしに行くドライバー。“どちらにしてもオーバルである程度のクラッシュは避けられない”という例えなんですが、その最初のひとつがソフトで終わったので(苦笑)、僕としては最初で最後にしたいし、武藤君とからんでしまうのは最悪のシチュエーションでしたが、ふたりで無意味なバトルをして絡んだ訳ではないし、ふたりとも行き場を失った難しいところだったので、すごくいい勉強になりました。今後、リスタートでリスクマネージメントをする勉強になったと思います。
Q:失礼ながらF1の頃に比べて、アメリカに行ってから明るくなった印象があります。アメリカのオープンな雰囲気に触れて変わったところはありますか?
S:レースができて単純に嬉しい、ということだと思います(笑)。もちろんレースは真剣にやっています。F1の時は自分も一生懸命でしたし、スーパーアグリの頃はだいぶ経験も積んで、自分の置かれている立場も変わってきて、いい意味でリラックスした雰囲気の中でチーム一丸となってやれていたと思います。ただチームの苦しい状況も理解できていましたし、そんな中であんまりひとり明るい……というのもね(笑)。それは冗談として、その頃は1戦1戦が大変でしたね。
それに比べると、アメリカではまだレースを始めたばかりですし、“1年生”じゃないですけど、今は発見の連続なのでワクワクしてしょうがないんです。とは言え、プロフェッショナルな世界なので結果を出さなきゃいけないし、インディ1年生とはいえF1での経験もありますから、しっかりした走りをしなきゃいけないという気持ちもあります。
いつまでも浮かれている訳じゃないんですが、レースを楽しんでいるというのは事実です。その中で僕も失敗しているし、チームもうまく歯車が噛みあわないこともあるし。それを少しずつ組み立てていって、後半戦に向けてリザルトに繋げていきたいですね。まだ勉強している段階ですし、リザルト以上に自分の中ではここまでの5戦をポジティブに捉えられていると思います。
Q:インディ500ではジム・クラーク以来となる伝統のカラーリングで臨みますが。特別な思いはありますか?
S:ジム・クラークの走りは見られなかったんですが(笑)、ロータスカラーを纏ってインディを走るというのはすごく大きな意味があることだと思いますし、その一員になれてすごく誇りに思います。
僕にとってはインディ500というのは、今のところそれ以上でもそれ以下でもなくて、歴史的に特別なレースなんですが、その凄さというのを僕はまだ分かっていないと思うんです。インディ500の決勝日に、40万人の大歓声の中で走った時、「これはとんでもない」というのが分かると思うんです。それまでは他のレースと同様に入念に準備をして全力で臨みたいんです。そういう意味ではカンザスと同じ。またアメリカに戻って、ひとつひとつ調整していきたいです。
Q:琢磨選手も鈴鹿でF1を見て「F1ドライバーになろう」と思ったと聞いていますが、もてぎでは幼稚園から高校生までインディジャパンの際に子どもたちを招待しているんです。次の世代に向けて、琢磨選手が何か伝えたいことはありますか?
S:僕も二児の親である以上、子どもに対してすごく身近に感じるので、子どもたちが敏感に何かを感じるというのは分かります。僕自身も10歳の時に鈴鹿で受けた衝撃というのは覚えているので、子どもたちがインディジャパンに来て、僕らの走りを見て何か夢を見て欲しいな、と思います。その夢がレーシングドライバーでなくても、他のことできっといろいろ役に立つと思います。そんな子どもたちがときめくようなレースを、できれば武藤君と近いところで、トップを目指してやりたいと思いますね。
それとF1だとスケールの大きさから、ファンと僕らチームの間には大きな隔たりがあってなかなか交わることが難しいですけど、インディの持つすごくオープンな雰囲気の中ではファンとの間が近い。そこを活かして、子どもたちも間近でいろいろ見て欲しいし、オーバルを疾走する僕らの姿を楽しんで見て欲しいな、と思いますね。
Q:お話を聞いてきて、F1とインディでは全然違うものだ、というのは分かりました。しかし2月の参戦発表の際にはまだF1に未練があるのかな……と感じましたが、いかがですか?
S:レーシングドライバーをやっていて、当然F1に未練が無い訳はないです。ただ、少なくともインディカー・シリーズに参戦すると決めた時から、僕の気持ちは100%インディに集中しています。
F1はF1で、普通に興味はありますよ。昨日のレース(スペインGP)もテレビで見ていましたしね。今までやってきたカテゴリーだからこそいろいろなことが分かりますから、見ていて楽しいですね。でも、自分がじゃあF1で……という風には今は思わないです。今は本当にインディのことしか考えていないんです。
今後アメリカに骨を埋めるか? と言われると分からないんですが(笑)、少なくとも今シーズン、インディジャパンに向けていい走りをしていきたいし、それが来年に繋がり、やるからにはこのシリーズで頂点を極めたいと思っています。何年かかるか分からないですが、やり遂げたいと思っています。
Q:実際参戦して、その気持ちが本当に強くなったと言うことですか?
S:そうですね。僕が2月の記者会見に言ったと思うんですが、甘くなんて見ていなかったし、そう簡単に成功するとは思っていなかったんですが、実際本当にタフなレースなんです。日本やヨーロッパにいるとインディカー・シリーズの情報が少なくて、知らないとレースも簡単に見がちなんですが、全然そんなことない。コンペティションのレベルがすごく高いので今はモチベーションも高くて、なんとかこのシリーズでトップに立ってやろう、という気持ちが強くなっています。
Q:インディカー・シリーズの他のドライバーで、「コイツはスゴイ!」という人はいましたか?
S:(笑)え〜っとそうですね……チームメイトはけっこうすごいですね(笑)! 今まで僕はF1でも高速セクションでは肝っ玉がある方だと思っていたんですが、「いきなりそこ全開で行く!?」って。レベルが違いましたね(笑)。ビックリしました。
だけど、いろんな意味で、向こうはすごくオープンなんです。データだけじゃなくて人間対人間という意味でも。オーバルを350km/hで2台並んで走るというのはお互いにリスペクトがないとできないと思うんです。だから、お互いに相手をわかり合おうと思うんでしょうね。知らない奴とは走りたくないって雰囲気があるんですが、はねつける訳じゃなく、それを取り込もうとする。
そう言う意味では、普通のルーキー以上に僕はF1から来るって時点で逆風が強いと思っていたんです。チームメイトからもそう忠告を受けたし、意識もしていました。ただ、実際に走ってみて、彼らはすごくいいレースをするし、お互いにリスペクトがあるので、今回カンザスで最下位からトップグループまで走れて勉強になりましたし。
今回(エリオ)カストロネベスとサイド・バイ・サイドをやった時には、あれだけ興奮できたのはかなり昔に記憶をさかのぼらないと無いんじゃないか……ってくらい興奮できました。簡単ではないけど、ひとつひとつ階段を上っていきたいと思います。
Q:ダニカ・パトリック嬢とはお話しされました?
S:もちろん。でもね、不思議な話なんですが、ダニカって外から見ているとすごくクールで取っつきにくい印象があるじゃないですか。でも全然そんなことなくて、いちばん最初に僕のドライバーズルームにノックして尋ねてきてくれたのはダニカだったんですよ。ビックリしました(笑)。昔インディアナポリスにF1で行った時、ちょっと会ったことはあったんですが、まさか向こうから尋ねてくれると思いませんでしたね。それに、女性ドライバーとして僕らと同じハードな世界を見ているのは本当信じられないし、失礼かも知れないけどちゃんと走っているというか……(笑)、いやいや、男顔負けの走りをみせてくれるのは本当新鮮ですし、素晴らしいと思いましたね。
Q:インディでは、ファイアストンタイヤについてはいかがですか?
S:もちろん、ブリヂストンとファイアストンはファミリーなので、そのファミリーの中で一緒にできるのは嬉しいですね。日本人スタッフの方はたまに来られるらしいんですが、今までみたいに簡単にブリヂストンのエンジニアと話して……という訳にはいかなくなりました(笑)。でも、ファイアストンのエンジニアも非常に丁寧に教えてくれるし、可能な限り情報公開してくれる。そういう意味では変わらないですね。
やっぱりタイヤを知らないといけないのでいろいろ聞きましたが、正直、今のところ僕は全然使えていないです。圧倒的な経験不足、テスト不足というのもあります。特にレッドタイヤは練習走行で使えなくて、いきなり予選で使わなきゃいけない。このコースでコンパウンドはどういう動きをするだろう? ロングランをしたらどうなるだろう? というのは実戦で体験しなきゃいけない。経験しているドライバーの一歩後ろから追いかけなきゃいけないのでフラストレーションは溜まりますが、早く使い方を覚えたいですね。
それと、F1では1コーナーから100%グリップがありますが、インディではタイヤブランケットがないので、温まるまで2周も3周もしなきゃいけない。タイヤを温める方法も一夜にしてできることではないですからね。僕は意外に苦しんでいますが、逆にそこに伸びしろもあるので、楽しみにしているところではあります。
オーバルのタイヤはまた全く違くて、ある意味ピーキーですね。ロードのタイヤはある程度滑ってもコントロールできますが、オーバルは一瞬で滑ってしまう。中盤、またロードもありますが、前半戦の経験を活かしていきたいと思います。
●佐藤琢磨×武藤英紀スペシャル対談実現! 週刊オートスポーツNo.1252 5月20日号は必見!
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