5日、東京都新宿区の工学院大学で、公益社団法人自動車技術会が主催したシンポジウム『モータースポーツ技術と文化〜モータースポーツ新時代の到来・苦難を超えて新しいチャレンジへ〜』が開催され、多くの興味深い講演が行われた。
この自動車技術会主催のシンポジウムは例年開催されているもので、モータースポーツファンにとっては必聴の興味深い内容が多い。この日も平日雨天の開催となったが、会場の工学院大学のホールには、業界関係者をはじめ各自動車メーカーの担当者、工業系の大学生等が多く詰めかけた。
●環境重視社会の中でのモータースポーツのあり方
まず、最初の講演を行ったのはニッサンGT500チーム総監督である柿元邦彦氏。現在、自動車文化を取り巻く環境が大きく変化している中、好燃費を目指し、また電気エネルギーが注目されている中で、ニッサン/ニスモが取り組んできたニッサン-デルタウイング、そして今季ル・マン24時間に挑戦するニッサンZEOD RCの取り組みについて紹介した。
柿元氏は、この環境重視社会の中でのモータースポーツのあり方について、「人類の幸せにおいて、エネルギーは不可欠。今後も安全、安心で枯渇しないエネルギーは今後も発掘されていく」と語り、「安全度の増す社会では、人間の本能に根ざすスリル、ドキドキを求める欲求の向かう先がますます求められる」とした。また、F1やスーパーGTでも導入されているように、今後エンジンはダウンサイジングの傾向にあり、その中で各メーカーが技術開発を競っていくという。
「持つ、観る、見せる喜びとともに、運転する喜びを味わえるクルマに向かい、さまざまな形態でモータースポーツの存在価値は高まる」と柿元氏。今後、モータースポーツはエクストリームスポーツのような形態に変化していくだろうとし、その中で市街地でのレースを模索するフォーミュラEのスタイルに注目しているという。
●GT300マザーシャシーの現在
続いて演題に立ったのは、GT300クラス用のマザーシャシーの開発を手がけている童夢の中村卓哉氏。中村氏は、現在のGT300クラスを取り巻く環境、またそこに至るまでの歴史を紐解き、今なぜマザーシャシーが必要なのかを論じた。
その上で、マザーシャシー開発に向け必要となるCFRPモノコックの開発について、ソリッド構造の『UOVA』モノコックを採用、剛性不足を補うために要所にエンボスを配置し、多くの部分でコストを意識したモノコックとなっていると語った。
また、使用チームによって前後サブフレームやサス等を自由に設定できるようにする高い汎用性や安全性、耐久性などを実現するほか、チームによってはアップライト等も童夢で設計し、供給することを可能にするという。
気になるのはそのコストだが、会場からの質問に対し、中村氏は「台数による。それにより半分程度になったり、時間も短縮することが可能」という。
●モータースポーツに協賛することの意義
今回のシンポジウムでは、表題のとおり技術とともに“文化”に側面を当てた講演も行われた。まず演台に立ったのは、WEC世界耐久選手権で活躍する女性ドライバー、井原慶子だ。井原はレースクイーン出身という異色の存在だが、海外でさまざまなモータースポーツが根ざす文化に接し、さまざまなショックを受けたという。
その中で、井原はさらなる国際化とともに、レースに参加する者の価値を上げることによる永続性、そしてそれを実現する組織作りを訴えた。
また、モータースポーツに企業が協賛する意義についてアピールしたのは、スーパーフォーミュラに参戦するDOCOMO DANDELIONにスポンサードするATJ(オートテクニックジャパン)社の横山明氏。2011年、東日本大震災によって大きなダメージを受けた同社にとって、モータースポーツへの協賛にどんな意義を見出し、それによりどう社内が活性化したのかを語った。
横山氏は、スーパーGTでKEIHIN REAL RACINGをサポートするKEIHINの助言を受け、社内に広がる批判の声もありながらも少しずつ理解を進め、現在では社員が多くサーキットに観戦に訪れたり、社のホームページアクセスが増加したこと、社のキャリア採用や工学系大卒者の採用の増加、またイメージ、知名度向上に大きく寄与したという。
「知名度向上は従業員の帰属意識向上へと繋がり、帰属意識の向上は従業員の元気へと転換され、企業の活力へと結びついた。こうした正の連鎖は協賛する前は明確にイメージできなかったが、こうした協賛成果を体現し、改めてモータースポーツのもつ可能性は計り知れないと感じている」と横山氏。
「今後もATJは社長の経営ポリシーである『自他共に認める元気な会社』実現に向け、モータースポーツを基軸に前進を続ける。こんな企業が国内に1社ずつでも増えることで、日本のレース界は黄金期を取り戻せると確信している」
●現代レーシングカーのセッティングとは?
モータースポーツの世界で、数多く聞くのは『セッティング』という単語。簡単に言ってしまえば、サーキットをより速く走るようにするために細かな調整を現場で施していくことだが、これについてチームルマンでエンジニアを務める、山田健二氏が講演した。
山田エンジニアは、「世界でいちばんセットアップが難しいコース」であるF3最高峰のマカオGPへの挑戦を例に、事前テストができないマカオに挑み、勝利を取り返すまでのプロセスを説明した。
2004年から06年まで、マカオで3連覇を飾ったメルセデスベンツエンジン。解析の結果、当時山田エンジニアが所属したトムスが使用するトヨタ3S-Gエンジンは、トップパワーはメルセデスにひけをとらないものの、コーナー部分で大きなタイム差をつけられていた。これは、重量配分に優れるメルセデスに対し、3S-Gでは重量配分で限界に近づいていたためだった。
そこで、ニューエンジンである1AZ-FEを投入。その結果、1AZエンジンの完成段階で20kgの軽量化を果たし、その結果バラストの搭載が可能になり、重量配分を目標値に近づけることに成功。また、当時多くのヨーロッパチームは実車風洞設備を使用しており、日本勢はその点でも遅れをとっていたが、トムスでも実車風洞を使用し、07年、08年の連覇に結びつけることができたという。
「現状日本では、チームが安価で使用できるムービングベルトを備えた実車風洞設備は皆無であり、今後そのような設備が国内に建設されれば、日本のモータースポーツのレベル向上に繋がるだろう」と山田エンジニアは語った。
また、現代のマシンセッティングについて、チームルマンでも使用しているセブンポストリグ、そしてラップタイムシミュレーションソフトの活用等、いかに“持ち込み”が重要であるかを山田エンジニアは説明した。セッティングとは車両に関わる要素の事前準備を行い、「現場では微調整することである」と山田エンジニア。
そのため、風洞、ラップタイムシミュレーター、セブンポストリグといった事前にセッティングが可能な要素に加え、セッティングの“要素”のひとつであるドライバーの事前シミュレートも必要であるという。これらの施設は日本にはまだまだ少ないが、今後は「サーキットに行く前に」済ませていくことが主流になるだろうという。
●09規定GT500車両開発の舞台裏
講演の“大トリ”となったのは、2013年までスーパーGT500クラスで活用されていた09年規定車両、ニッサンGT-R、レクサスSC430、ホンダHSV-010 GTを開発した3メーカーの開発担当、鈴木豊氏(ニッサン)、湯浅和基氏(レクサス)、松本雅彦氏(ホンダ)の対談だ。司会は、J SPORTSのスーパーGT中継等でもお馴染み、高橋二朗氏が務めた。
それぞれ登場年が異なる09規定車両の3車だが、13年までの進化の過程をそれぞれ説明。レギュレーションによって変化してきたエンジンパワーの数値や、空力パーツの進化の過程など、実に興味深いデータも会場内で示された。
ちなみに、今季開幕時に、ホンダHSV-010がエキゾースト出口の場所を変更するにあたり、公式テストでは4種類ものエキゾースト出口が試されたが、ホンダ松本氏は「あくまでパワーよりも、空力を検討したもの」と明かした。最終的に、3車はすべてほぼ同じエキゾースト出口の場所となったが、ニッサン鈴木豊氏は「あの位置がベストではないです。今、作り直せるなら別の位置」と気になる発言も。
すでに開発が終了した車両だけに、多くのデータが提示された09年車両。会場の外には、“門外不出”とも言える09規定車両3車の風洞モデルと、09規定の3.4リッターV8エンジンが展示され、多くの注目(もちろん、各メーカー担当者からも)を浴びていた。
特に風洞モデルは、当然外側だけではなく内部まで作り込まれており、「超高級車が軽く買えるレベル」のコストがかかっているものだ。その中には、実戦投入されなかったエアロパーツが含まれていたりと、非常に興味深いものだった。
このシンポジウムでは、ダカールラリーに挑んだホンダのバイク、CRF450RALLYの2年間の開発の内容が語られるなど、一日モータースポーツの技術と文化が語られる1日に。ホンダはダカールラリーには24年ぶりのワークス復帰となったが、現在は参戦していない某四輪国内メーカーの担当から「復帰の準備のために必要だったものは」等の質問が飛ぶなど、モータースポーツ担当技術者たちにとっても、内容の濃い1日となったようだ。