F1カメラマン──それはサーキットを走るマシン、そしてドライバーを最も近くで見つめる存在。『F1速報』をメインにF1はもちろん、近年は佐藤琢磨選手とインディカーシリーズを追いかけている松本浩明カメラマン、そして今シーズン日本人としては、ただひとりF1全戦を現場で撮影している熱田護カメラマンが語り合う、スペシャル対談の後編をお届けします。
撮りやすいドライバー、撮りにくいドライバー、カメラマンとしてのやりがいから鈴鹿でF1を撮影したい人へのアドバイスまで、世界を撮り続けたカメラマンだからこその話を、思うぞんぶん語っていただきましょう。
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「撮りやすかったベッテルに、ちょっとした変化が」
──後編は、まずドライバーについて。いい表情が撮りやすいドライバー、撮りにくいドライバーというのはありますか。
松本:セバスチャン(ベッテル)はコクピットに入って、顔の前にモニターを置かない時間が長いので撮りやすい。よく、ピットに入るとすぐモニターを顔の前に置くドライバーがいるじゃない? わりとベッテルは横のモニターを見ているから、目が見える状況が長くて助かります。フェラーリとかマクラーレンとかメルセデスはガレージにクルマが入ると、パッとモニターを置くから撮影できる時間が短いんですよ。だから、じれったい。
熱田:でも、ニコ(ロズベルグ)は大丈夫じゃない?
松本:ニコは大丈夫ですね。ルイス(ハミルトン)が(モニターを置くのが)早いね。モニターを置けばカメラマンが撮れないし、そうなるとカメラマンが来ないというのがわかっているから、あえてやってるところもある。メカニックとかチームにしてみれば前にカメラマンがいないほうが仕事しやすいじゃない。クルマが出ていくときも入っていくときも。そういう“追っ払い”的な要素もある。それに最近のモニターって、最初は小さかったのに、どんどんどんどん大きくなっているでしょ。さらに二面、三面みたいになって上からも下からも右からも隠す、みたいな。
──なぜ、チームはカメラマンを妨害するようなことばかりするんでしょう。たくさん撮影してもらえば露出も多くなって、スポンサーへのアピールになると思うのですが……。
松本:撮ってもらいたいのはチームの広報カメラマンで、彼らはガレージの中にいるから、僕たちに優しくする必要はない。
熱田:追っ払われる、っていうことはないと思いますけど。
松本:ただチームは「あなたに撮っていただかなくても結構ですよ」という状況だから、どうぞどうぞというふうにはしてないですね。
熱田:ガレージでの話なら、やっぱりベッテルはすごく撮りやすい。(ダニエル)リカルドもトロロッソ時代からモニターを置かない時間が長いから撮りやすい。メルセデスは、ニコはすごく撮りやすくて、ルイスはすごく撮りづらい。でも、ルイスはガレージでうろうろしていることが結構あるので撮れないことはない。グリッド上では、やっぱりニコがトイレに行っている時間も短いし、クルマの近くにいてくれるし、カメラマンを避けることもないからすごく撮りやすい。そういえば、ベッテルは最初は良かったんだけど、最近ちょっと変わってきて、レッドブル関係のカメラマンにはそうでもないけど、それ以外のカメラマンが行くと背を向けたりするようになってきた感じがする。リカルドは全然平気だけど。ハミルトンはグリッドではずっとクルマの近くにいて、そこはパーテーションがあるから近づいて撮ることができない。ヘルメットを被るときもクルマの横で被る。ウォールのほうとか芝生のほうでヘルメットを被る人は撮れるんだけどね。さらに最近15分ルール(スタート前15分にチームスタッフ以外はグリッドから退去)ができたから撮りづらくなった。
──ヘルメットを被る瞬間は撮影しづらくなっているんですね。
熱田:クルマから降りてくるときも、そうだよね。グリッドについてパーテーションの中でヘルメットを脱ぐ。(フェルナンド)アロンソは結構外にも出てくるし、昔は被るときも撮らせてくれた。撮られるのが嫌なドライバーは、カメラマンのいないほうへいないほうへ体を向けるから全然撮れないんだよね。その代表は、みなさん知ってるようにライコネン。本当に撮れない。
──ガレージでもバイザーをなかなか上げず、上げても5mmくらいですね。
熱田:だから顔が、すごく撮りづらい。撮りたいのに撮れない一番のドライバーはライコネン。可夢偉は今年になってピットにいるときバイザーを開ける時間が以前に比べて、たぶん10倍以上長くなってる。昔は、いつもバイザーを下げてたから。今年はバイザーを開ける時間がかなり長くなったから、それは「撮ってもいいよ」という意思表示なのか、リラックスしているからなのかわからないけど、いずれにしても撮影させてくれるようになった。あと、ウイリアムズも撮りやすいよね。ウイリアムズはヘルメットを被る場所がクルマの横にあるので、被るときは見える位置にいる。そういう意味でウイリアムズは、ふたりともありがたい。ライコネンは、いつも奥で被ってきて、バイザーを下ろしちゃう。(ロメイン)グロージャンは、いつもピットにいることが多いので撮りやすいし、(パストール)マルドナドは……ごめん、よくわからない(笑)。トロロッソは特に(ジャン-リュック)ベルニュはコクピットに入っていてもヘルメットを脱いでいることが多いので結構撮れる。(ダニール)クビアトは、まあ普通かな。マルシャは、あまり撮ってないからよくわからない。ザウバーやフォースインディアは普通だね。
松本:ドライバーにしてみれば、そこでは集中したいという気持ちはわかる。カメラとか、そういうのが気になる人はいるんだろうね。
──いま集中している、リラックスしているというのは瞬間的にわかりますか。
松本:まあわかりますけど、F1くらいになると、そこまで普段と違うというのはないんじゃないかな。ルーキーじゃない限り、それなりの場数を踏んできてるわけじゃない。確かにグリッドの前のほうは、チームの緊張感とかレースに対する緊張感は当然感じるけどね。じゃあマルシャに緊張感がないかといえば、そうは言わないけど。
──リカルドやバルテリ・ボッタスは「いいヤツ」という雰囲気を感じますが、実際どうですか。
松本:近くに寄って行っても嫌われないな、というか、寄って行ってもいいという感じはするよね。
「ライコネンに近づきすぎて、カメラをピンッと……」
──雰囲気的に近づきやすい、近づきにくいというのは、やっぱりあるんですね。
松本:でも、自分が(ドライバーより)年上になっちゃうと、あまり感じないよね。昔、テレビでしか見たことがないドライバーがいた時代は、こっちとしても近づきがたかったけど。
熱田:僕は、そういうの全然ないの。近づきがたいとか。
松本:この人はないんだよ、それが(笑)。
熱田:撮りたいと思ったら、どんどんいっちゃうパターン。
松本:僕はちょっと考えちゃうんだけど、この人は全然考えないのよ。熱田さんの近寄りかたを見て「それ、ありなの?」って最初思ったくらいだから(笑)。
熱田:だって、写真を撮りに来てるんだから。緊張感があるとか、いい目をしてるとか、汗かいてるとか、そういう彼らを撮りにきてるわけだから。ジャマするジャマしないというギリギリのところは越えないようにと自分では思うけど。たとえば(アイルトン)セナでも(ナイジェル)マンセルでも、F1に初めて来たころから、彼らを撮りたいと思って来ているわけだから。だからライコネンに寄っていって、カメラをピンってやられた(手ではじかれた)こともある。「近すぎる」って。それは昨年だったかな。
松本:それでも、この人は懲りないからすごいなと思って。
熱田:でも、そのときは緊張感も何もなかったんだよ。たしか木曜日でテレビの取材をしていて、インタビューに答えてるから、それを撮っていただけ。
──それはライコネンがテレビに気をつかったとか?
熱田:そんなわけないじゃない!
松本:個人的に嫌われてる(笑)。
熱田:嫌われてるというか、近づきすぎだということ。
松本:他のカメラマンは全員、一度は必ず熱田さんの後頭部を撮影している。これは、この世界の定説(爆笑)。冗談じゃなく、それはカメラマンに聞けばわかる。
──世界的に見ても、熱田カメラマンは一歩踏み込んで撮影するタイプなんですね。
松本:それは全員一致している見解。
熱田:いやいや、写真は寄ればいいってもんじゃないんですよ!
「ミハエルは、僕の肩を抱いてくれました」
松本:(ミハエル)シューマッハーにも、直に怒られたこともあるし。
──えっ、それは理由を聞いてもいいんですか。
熱田:ぜんぶ話すと長くなるけど……カメラマンとしてやっちゃいけないことをやっちゃったんですよ。(マシンの)アンテナにストラップを引っかけちゃって、迷惑をかけて怒られちゃった。そういうことが昔あったんです。
松本:(熱田カメラマンを指して)ビビってましたよ。関係者に謝りかたを教わって、本人に謝りに行きましたから。
熱田:それは、あなたが解説することじゃないでしょ!
──それでシューマッハーは、なんて言ったんですか。
熱田:僕の肩を抱いてくれました。
──もうマブダチじゃないですか!
熱田:はい。もうマブダチですよ、マイケルとはね(笑)。
松本:自分は雰囲気で近寄れないと思ったら、どっちかというと盗撮モードで撮影するタイプ。
──松本カメラマンは誰かに怒られたことはありますか。
松本:ドライバーに直接は、ないんじゃないかな。自分が写真を撮りたいのはもちろんだけど、競技者に迷惑をかけるというのが人としてどうよ、というのが自分の中であるから。
熱田:……なんか、やな感じだよね。
松本:カメラマン主体の競技じゃないでしょ。レースする人が主役なんだから。カメラマンは脇役ですよ、この興行の中で考えたら。
熱田:それはもちろんそうですよ、ジャマしちゃいけない。
松本:やっぱり迷惑かけるっていうのはダメ。
──じゃあ、松本カメラマンから見て熱田カメラマンは……
松本:ヒドい人間だね!
熱田:面白くしようとして言わせてるじゃん!!
松本:でも、よく近寄れるなというのはある。
熱田:そんなことないですよ、みんな同じですよ。
松本:でも、程度があるから。
熱田:さっきも言ったように、寄ればいいってもんじゃないですから。寄りと引きだから。寄ったのもあれば、引いたのもある。
──熱田カメラマン、ドイツGPのスタートでは最終コーナーのスタンド上から撮影していましたよね。ちょっと引き過ぎ、寄り過ぎなんじゃないですか。
熱田:そんなことないですよ。中途半端よりはいいじゃないですか!
「鈴鹿を撮影するためのアドバイス」
──いよいよ日本GPが近づいてきますので、鈴鹿で使えるワンポイント撮影術を教えていただきたいと思います。鈴鹿は、こう撮れば上手に撮れるといったアマチュアカメラマンへのアドバイスを。
松本:鈴鹿が地元の熱田カメラマンからお願いします。
熱田:時間的に余裕があれば、まずコースを1周歩いてみてください。基本です。自分が好きなポイントを自分の足で探してみて、そこで気づいて全然違うものが撮れたりするので、まずは1周。鈴鹿でオススメなのは、普通にヘアピンです。スピードも落ちるし、大きく撮れるし、すり鉢状になっているので上から金網越しじゃない写真が撮れる。僕たちみたいに超望遠レンズを持っていれば金網越しでも撮れるけど、コンデジとか、あまり望遠じゃないカメラだと金網越しに撮るのはすごく大変なので、金網なしで撮れる場所がオススメになります。
──熱田カメラマンもF1初開催のサーキットでは必ず歩きますか。
熱田:歩いていますよ。この間のオーストリア(レッドブルリンク)も歩いたし。
──松本カメラマンは?
松本:鈴鹿のヌシ、熱田カメラマンのおっしゃるとおりですよ。ヘアピンの通過速度が遅いわけだから、ヘアピンで目とカメラを慣らして、そこから次のステップに行くといいかもしれないですね。
──では、ヘアピンの次に行くとしたら?
松本:次はシケインになるかな。そこからクルマが速いS字に行ってみるとか。だんだんカメラと自分を慣らしていく。
熱田:初めて鈴鹿に行って、いきなり上手に撮れるわけはないですから。
──そんなにF1の撮影は甘くないと。
熱田:F1の写真を撮るのって、そんなに難しいことじゃないんですよ。たとえば一眼レフを買えばオートフォーカスがしっかりしていて性能がいいから誰でも撮れるんですよ。でも、ある程度スピードに対しての慣れが必要になる。速いものを撮ることに慣れちゃえば、人間の腕よりもカメラの性能のほうが圧倒的にいいので、いまは普通にフレームに入った写真というのは誰でも撮れる。昔は、そんなことなかったですけどね。最近の中級以上の一眼レフカメラを買えば、本当にオートフォーカスがすばらしいので。でも、誰でも撮れる写真を撮ったって面白くないじゃないですか。写真って上手に撮れないから楽しいんであって、何回も通ってスピードに慣れるとか、スピードに慣れるために近所の電車を撮りに行くとか、国道を走ってるクルマを撮りに行くとかしないと。
──スピードの感覚は、すぐには得られないということですね。
熱田:やっぱり、最初からうまく撮れなくて、どんどん通って練習して、だんだんうまくなるのが楽しい。最初からパッと行ってパッと撮れて「ヘアピンがいいですよ」なんて面白くない。上手に撮れないのが楽しい。スピードさえ慣れちゃえば本当に誰でも撮れるから。
松本:質より量、数打ちゃ当たるじゃないけど、いっぱい撮らないとうまくはならないよね。野球の素振りと一緒ですよ。イメージして素振りして。急に行って、その場でハイうまく撮れましたというのはないから。いまカメラ自体の性能は、すごくいいですけどね。
──おふたりが使っている機種は……だいたい2台持ちですよね?
熱田:2台とも、Canonの1DX。
松本:やっぱり最新機種の性能が良くなってる。クルマの最新型がいいのと一緒ですよね。
──レンズは何をメインに使っていますか。
松本:長いのは400mm、それにコンバータをいくつか使ったり、70−200mmでそれぞれ使ったりとか。あとワイド系のをひとつと14−15mmで広く撮れるの。熱田カメラマンは、すごい最新兵器をいっぱい持ってる。
熱田:同じようなものですよ。
松本:単焦点レンズが好きみたい。ポートレートを撮るには85mmとか。
──クルマもピントが浅い(単焦点)もので撮っているんですか。
熱田:浅いのは、あまり長いタマ(レンズ)はないので。人だったりポートレートだけですね。
「旅を楽しむ派と“全日本F1選手権”推進派!?」
──そろそろ、最後の質問です。F1カメラマンをやっていて良かったと思う瞬間を教えてください。
熱田:う〜ん……別にF1のカメラマンだからというわけじゃなくて、カメラマンだったら自分の気に入った写真が撮れた瞬間は、すごくうれしいと思うんだよね。そういうことが年に何回かあるから楽しい。
──年に何回か、しかないんですか。
熱田:そうですよ、失敗ばっかりですよ。F1速報のブログ(F1マシン、流し撮りのテクニック)にも書きましたけど、場所選びに失敗したりとかレンズ選びを失敗したりとか単純にピントが合ってなかったりだとか、そういう山みたいな失敗の中から、たまに自分が思ったとおり、または思った以上の写真が撮れたときはすごくうれしい。本当にうれしい。そのうれしいことが年に何回かあるからやっていられる。それを年に何回か撮るために一所懸命頑張る。僕はね。でも、それはカメラマンによって全然違うと思う。
松本:その瞬間を撮れるに越したことはないけど、撮れないときもあるわけじゃない。
──自分が撮って満足したものと、誰かが喜んでくれたものというのは、感覚が全然違うものですか。
松本:自分の写真に対する反応はうれしいね。本なりウェブなりでリアクションがあるほうが、もちろんうれしいです。あとは、この仕事じゃなかったら、こんなに世界をグルグル回ることはなかったですよね。いろんな国に行っていろんな人に会って、仕事をする上でいろんなプロセスがある。
──インターナショナルなお仕事ですよね。
松本:そういうのは人生経験として、すごく自分をハッピーにしてくれてると思う。その上で、いい写真が撮れるに越したことはないわけですよ。やっぱりカメラマンというだけでなく、この場にいること全部ひっくるめてだから。このサーキットでこういう写真が撮れたというのが一連の旅のセットになるから、逆に失敗しちゃうと、そのセットはガッカリになっちゃうっていうところもある。
熱田:そこは全然違うな。僕は外国に行きたくない。レースの写真だけでいい。できれば「全日本F1選手権」をやってほしいくらいだから。
松本:日本が嫌いとか、そういうことじゃないよ。旅行の準備してる段階で、このサーキットに行ったらこういう風にしてというのが始まってくる。こうなったら、このコーナーに行こうとか考えて。それが全部ワンセットで、この仕事はすごく楽しいですよね。
熱田:そこは全然違う。
──まあ、仕事の楽しみは人それぞれということで……。ちょっと熱田カメラマンと松本カメラマンで意見が別れているようですが、ありがとうございました!
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対談を終えて「こんな話で、よかったのかな?」と心配していた両カメラマン、とても興味深いお話をたくさん、ありがとうございました。最後までお読みいただいたみなさまも、どうもありがとうございます。対談の感想や、熱田カメラマンと松本カメラマンへのファンメッセージなどコメントとして書き込んでいただいても、いつかどこかで直接伝えていただいても、そっと心にしまっていただいても……いやいや、やっぱり反応はうれしいものなので、どこかで何か発信していただければ幸いです。
※文中敬称略・取材は2014年ハンガリーGPにて、編集部の司会で行いました。
熱田護(あつた・まもる)
1963年生まれ。三重県鈴鹿市出身。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。2輪世界GPを転戦、1992年よりフリーランスとしてF1や市販車の撮影を行う。現在では日本人カメラマンとして唯一F1全戦をカバーしている。
Blog:F1撮影旅日記とあれこれ
Web:Mamoru Atsuta Photography
松本浩明(まつもと・ひろあき)
1966年生まれ。千葉県出身。1993年からイギリスを本拠地として下位カテゴリーからF1までを取材。近年は日本をベースに置きながらF1とインディカーシリーズをかけもちで撮影、多忙な日々を過ごしている。
Blog:まっちゃんの本“松”転倒記