ル・マン/WEC ニュース

投稿日: 2024.10.10 17:10
更新日: 2024.10.10 17:12

「偽物のドラマは、いらない」ドライバーとの“緊迫と信頼の接近戦”で魅了する、WEC映像クルーの仕事術


ル・マン/WEC | 「偽物のドラマは、いらない」ドライバーとの“緊迫と信頼の接近戦”で魅了する、WEC映像クルーの仕事術

 そうしてでき上がってくる番組内容だが、これがかなり突っ込んでいる。ピット内でドライバーが感情を露わにしているシーンをはじめ、日本人的には『そこまで映しちゃうの?』 という感覚を受けることもあるぐらい。しかし、そこにはメーカーやチーム、ドライバーたちとの『あ・うん』の呼吸があるのだそうだ。

「僕は2012年のセブリング(WEC初年度の開幕戦)からWECのTVの仕事をしているから多くの関係者を知っているけど、その経験から『(シャレにならないぐらい)緊張感がある場面』や『本当に深刻な場面』を使ってしまうと、次から彼らが決して喋らなくなるって分かっているんだ。それをやったらおしまいなんだよ」

「長くやって来た経験の中で、チームやドライバーからは信頼を得ていると思う。ものすごく緊張感が高まっていて、ドライバーがカメラの接近に対して『NO』と言った場合には、それ以上はプッシュしないし、ドライバーがリラックスするために離れるようにしているんだ」

「たとえば今年のCOTAのレース終盤、セバスチャン(・ブエミ)とケビン(・エストーレ)が激しいバトルになった。僕らのカメラマンのうちのひとりは、以前はトヨタのチーム映像を撮影していたんだ。そこで、彼がトヨタのピットでセバスチャンを待って、戻って来た彼を追って行って、黙ってヘルメットを脱ぐところを撮ったけど、そういう時には近づき過ぎないようにしている」

「またトヨタの7号車がドライブスルーを受けた時にも、ニック・デ・フリースの近くでカメラを回していたんだけど、その映像を使ってもいいかどうかと疑問に思う時には、広報に確認するようにしているんだ。『この映像は放送してもいい?』という風にね(※編註:このシーンはCOTA編で『ピー』音入りで放送された)。僕らはお互いに友好的な環境の中で仕事をしているし、ドライバーやチームがトラブルに決して巻き込まれないようにしている。実際、過去にはふたりのドライバーが激しい口論をしているシーンを撮影したこともあるんだけど、その場面は使わなかった」

2024WEC第7戦富士
富士の走行前日、ピットストッププラクティスを終えた直後のトヨタのニック・デ・フリース。このシーンは、富士編の映像のなかで実際に使われている。

■平川とクリステンセンの感動シーン

 撮影クルーがピットや控室の中まで入っていくことが当たり前になっているこの映像シリーズだが、「ピットの中まで入れるようになるというのは、少しずつの積み重ねだった」とヴェルクルーズさんは言う。

「カメラは問題ないんだけど、マイクがあることで少し勝手が違うんだ。2012年からドライバーの顔ぶれは変わったけど、多くのチームは入れ替わっていないよね。だからカメラはみんな気にしないんだけど、マイクに対しては抵抗感が強かった。誰も会話を止めたり、何かを隠そうとしたりということはなかったんだけど、技術面やチーム内での秘密など、センシティブな部分に関しては決して使わないようにしている」

「ドライバーが他の選手のことを悪く言っているシーンなども絶対に使わない。どうかなと思った時は、広報やドライバー本人に確認して、『いいよ』ということなら使うけどね。それに、WECサイドに対しても使っていかどうかと思うシーンに関しては確認して、“グリーンフラッグ”が出たら使うようにしているんだ」

 このように各方面に気を使いつつも、迫力ある映像や画面越しにレース関係者の感情が伝わってくる映像を見せてくれるFULL ACCESS。参戦ドライバーの中でも“撮れ高”があるのは、ポルシェのエストーレやアンドレ・ロッテラー、フェラーリのアレッサンドロ・ピエール・グイディ、キャデラックのアレックス・リン、そしてトヨタのブエミやデ・フリース、小林可夢偉らだという。さらには、アイアン・デイムスのサラ・ボビーやミシェル・ガッティンもいい被写体とのことで、実際にこれらのドライバーは“登場率”も高い。

2024WEC第7戦富士
緊張感高まるスターティング・グリッドも“撮れ高”が良好な場面のひとつ

 最後に、ヴェルクルーズさんがこれまで作ってきた何本もの番組の中でもっとも印象的なシーンを聞いてみた。

「2023年のル・マンだね。終盤、(平川)亮がスピンを喫して、フェラーリをかわせないままレースを終え、ひどくガッカリした様子で表彰台の裏に来たんだ」

「そこにグランドマーシャルを務めたトム・クリステンセンが近づいていって、『いかにル・マンがタフなレースなのか』ということを話して聞かせていた。あのシーンは感動的で素晴らしかったね。僕らベルギー人にとってもっとも親しみのあるドライバーといえばジャッキー・イクスだけど、彼はクリステンセンのとてもいい友人なんだ。だから、余計にグッとくるものがあった」

「僕らはシーズンの終わりに『アンマスク』という総集編の番組を作っていて、ドライバーたちにもそれを見てもらっているんだ。昨年、その時点で亮はそのシーンをまだ見ていなかったんだけど、見た後には目に涙が光っていたよ」

 富士戦に関しても、先日いよいよFULL ACCESSがアップロードされた。大乱戦となったレースの裏側では、どんなシーンが繰り広げられていたのか。取材クルーの奮闘から生まれた番組を、ぜひ堪能していただきたい。

■Porsche Does It Again in Japan 🇯🇵 I WEC Full Access (EN) I 2024 6 Hours of Fuji I FIA WEC

2024WEC第7戦富士
走行セッション以外でも、彼らは大忙し。これはピットウォークへと入場してくる観客の様子を撮影完了したところ。じつはこの直前に、この記事のメイン写真を撮影していたのでありました。


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