更新日: 2020.06.03 17:01
柿元邦彦氏が語るニッサンR390のル・マン挑戦。そしてレーシングカー開発と生産車開発の違い
かつてはレース業界で技術開発が先行して、それを生産車に適用するという時代があった。しかし自動車産業が世界経済を牽引するようになり、優秀な技術者が集まるようになると逆の現象も出てきた。そして今はそれぞれの文化の違いを踏まえて、お互いの良さを活用する時代になった。
個別の技術として例を挙げると、F1やGT500のエンジンで採用されているプレチャンバー(副室燃焼)は、ガソリンエンジンを高効率化(高過給希薄燃焼による低燃費で高出力)する理論に沿って、高圧縮比やリーンバーン、急速燃焼を実現するのに役立ちそうである。
これはライバルと競争するうえで効果が高いのでレース部隊にノウハウが蓄積される。コスト面の課題はあるものの低炭素化時代に向けて生産エンジンに採用されるとすれば生産車開発へ貢献することになる。
逆の例、生産車からレーシングカーへの技術応用としては今年からGT500に採用されるトルクディマンド型制御系が挙げられる。走行中にドライバーが欲しいエンジントルクを得るために、従来はアクセルペダルによりスロットルを開閉して空気量を制御していた。
しかしリーンバーンやハイブリッドの時代になりドライバーが欲しいのはエンジンだけではなく、エンジンとモーターを合わせたトルクであり、そのトルクは空気量で一義的に決められないので、アクセルペダルが直接トルクを制御するようにしたのが、トルクディマンド型制御系である。GT500では今年から導入だが、リーンバーンやハイブリッドの生産エンジン開発では当たり前の技術である。
GT500のパワーユニットはハイブリッドではないが、ターボエンジン特有のラグを防止しながら、アクセルオンと同時にスロットルだけではなく直接トルクをつかさどる多数のパラメーターを制御して立ち上がらせるので、アンチラグを補いドライバーの求める加速が期待できる。
シャシーについては、両者の技術そのものはかなり乖離していると思われる。例えば速さの要素としてレーシングカーは空力とタイヤの性能の影響が大きいが、生産車の速さはパワーウエイトレシオに左右される度合いが大きい。
空力開発はレーシングカーの最優先の開発項目となるが、生産車は高速安定性と風切り音対策くらいで優先度は低いし、車体剛性やサスペンションも乗り味(スポーティ車でも絶対的速さではなく乗り味)や乗り心地が優先される。レーシングカーの乗り心地については、ドライバーはたとえ手や身体が振動でしびれても運転できる限り速い仕様を選択する。
そしてレーシングカーは形状の違うサーキットを違う気象条件下で転戦するので、そのサーキットに合うセットアップが求められる。その際クルマ全体として重要なのは低重心化と前後重量配分の適正化でその自由度を広げるのは軽量化であるが、軽量化の手段も材料置換の点で生産車とは乖離している。
このように開発そのものはユニットに比べてシャシーは生産車との乖離が大きいが、最終的にはユニットを搭載してのクルマ全体の速さであるから、生産車と同様に複雑系の問題を解くという点では一致している。
冒頭で触れた「壊れなかったが、総合優勝に届かなかった」が象徴するように、お互いの責任範囲、得手不得手、目標意識などで、かつては生産車開発とレーシングカー開発でお互いに頭を悩ませることが生じがちであった。しかし現在は、モータースポーツに参戦している各メーカーともに、内外を問わず人的交流を活発にしてお互いの文化を理解しつつ、目標を共有して結果を出すべく努力していると思われる。
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