そんなハイレベルな戦いのなか、Dステーションでは藤井が決勝のスタートを担当し、みるみるうちに前車をパスして追い上げていく……というシーンが、ここ最近はレース序盤の“定番”ともなっており、WECの国際映像でも度々フィーチャーされる。
これについては、Dステーションがあえて『王道とは逆』の戦略を採っていることが大きいようだ。その背景と狙いについて、藤井は次のように詳細を説明する。
「ブロンズドライバーでスタートしているチームは、序盤のセーフティカー(SC)やFCY(フルコースイエロー)に期待しているわけです」
「ただ、星野さんがそこに行くと、周りもみんなジェントルマンになってしまい、接触のリスクもあるし、ペースが上がらないんです。逆に星野さんは、周りがプロのときに『前のドライバーはシルバーで、何秒で走っていますよ』と言うと、いいペースで走れるんです。これは星野さんとの長い付き合いのなかで見つけたことです。ブロンズのペースに付き合うよりもシルバーの中の方が速く走れるので、星野さんが僕のあとのスティントに行ってもらうようにしていますね」
「ただ、僕がスタートすると言っても、簡単に抜けるほど周りのレベルは低くないです。はっきり言ってみんなうまいので、ぶつからないように抜いていくのは大変です」
結果として周囲のチームとは逆の戦略を採ることになっているが、これは激戦のなかで表彰台、そしてあわよくば優勝を手にするための一種の“奇策”であり、「チャンピオンを目指すなら王道の作戦で、ブロンズでスタートするしかない」と藤井は言う。
「ただ僕らは総合力として見て、33号車(キーティング組)に勝っていないし、表彰台とかに行くためには、違うことをしなければいけない。そのためには、周りと同じ戦略ではだめなんです。(表彰台に上った)去年のモンツァもそうで、僕がスタートにいって、いいタイミングでFCYが出て……と、(ラッキーも絡んでの)“ワープ”が必要になるんです」

前述のとおり、ブロンズドライバーがスタートに起用されるのには、序盤にSCやFCYが導入される可能性が高いからだ。1時間45分という最低運転時間(6時間レースの場合)が定められているWECでは、SCやFCYといった非競技化された時間帯に、この義務を消化したほうが効率がいい。
だが藤井によれば、ブロンズドライバーがスタートを務めることには、もうひとつ大きな理由があるという。先に触れた、『アベレージラップでの評価』と『プロドライバー』の関係性だ。
「基本的に、プロはスタートをやりたがりません。なぜかというと、全員のアベレージラップのデータが出て、それが“通知表”になるからです。スタートのスティントで乗ったら、アベレージラップが遅くなる。だからプラチナ(プロ)は絶対に最後のスティントに乗るんです」
「スタートは一番暑い時間帯だし、他のクルマに引っかかる。一方で最後のスティントは路面がよくて、涼しくなって、タイムが出る。WECのミシュランタイヤってすごくて、1時間走り続けても、ガソリンが軽い最後のラップが一番タイムが出るんです。魔法みたいなタイヤなんですよ」
「自分の“点数”を考えたら、プロはスタートをやらないし、メーカー側も『うちのワークスドライバー、すごいだろ』と示したいので、そうなるようにしか乗せないんです」
「だからトラフィックだろうがなんだろうが、彼らは全開でくる。僕はヨーロッパでのチャンスを狙っているわけではないし、一番遅いゴールドになってしまうけど、それは別に恥ずかしくない。Dステーション・レーシングの結果が出れば、それでいい。だからこの戦略がハマる、という感覚を持っているんですよ」
その藤井もモンツァではアベレージラップで、初めてティームを上回ったという。両ドライバーの習熟も進み、マシンの速さも磨かれつつある、というのがDステーション陣営のこの1年半の成果のようだ。
「戦略がどハマりして、いつか1勝したい。そして年に1回は表彰台に乗りたいですね」(藤井)
来季以降のWECについては、LMDhやGT3の導入が控えるなかで、多くのエントリー希望が殺到している状況だ。参戦をめぐる競争率はすべてのクラスにおいて高くなっているものの、「確定ではありませんが、(2023年は)出られる可能性は高いと思います」と星野。将来のGT3時代に向けたチャレンジも気になるところだが、まずは地元・富士での走りに注目したい。