そんなマクラーレン720S GT3だが、スーパーGTを戦う720号車が日本のサーキットに合わせてGT300用のヨコハマタイヤを履いて走り始めたのは3月の岡山合同テストが初めて。
そこから日本の高い路面ミューとマルチメイクでタイヤ戦争が基本となるハイグリップなタイヤを履いてのセッティングが行われてきたが、「クルマとしては毎戦毎戦、走るたびに進化していってる状況」だという。
そして何よりも苦労を強いられているのが性能調整(BoP)。そのひとつであるBoPウエイトも、本来720Sが持つ美点を解き放つ妨げとなっている。
「開幕戦岡山では公式練習でサスペンションのトラブルがあり、それがハイグリップなタイヤから来るもの……という話も出ていましたが、あれは単純に製品不良だったと思います。重さとかタイヤのグリップとかでダメになるような、そんな軟弱なクルマは作ってないですよ」と一笑に付した荒。
「たしかに想定より入力が高くて負荷が掛かっている部分はあります。日本のGTに来るとどのメーカーも直面するところで、想定しているよりもライフが短いとか、こんなところまで負担が掛かってるんだ、と新しい発見があります」
「でも、ここまで2戦で天候不良や距離の短さはありますが、足回り、駆動系、ドライブシャフトと、とりあえず何も壊れてはいないんですよ」
それよりも、最低重量の1205kgに対し開幕から2戦で+100kgとされた、BoPによる搭載ウエイトの方が問題だったという(注:第3戦鈴鹿では+60kgに軽減。第4戦タイでも+55kgに緩和された)。
「BoPで車重が一気に100kgも増えてしまったりとか、あとはパワーが半分……半分とは言わないまでも、ほとんど死んでる状態(笑)。そういう面で重さに合わせたサスペンションのセッティングや重量配分を多少アジャストしたりとか、そのあたりがキーになってくるんです」
「ブレーキも結構(感触が)いいんですけど、やはりこれも載せられている重量に影響を受けてしまいます。それでも日本専用のパッドを入れたりとかは今のところしていないですね。今後の課題はよりタイヤをうまく使えるようにする、そういう基本的なところです」
そしてもうひとつ。荒自身が「(BoP)重量と同じくらいヒドい」というエンジンへの性能調整も、本来のパフォーマンスを発揮できていない要因になっている。
「このクルマ、市販されているロードカーの状態で720馬力あるんです。だからもう(現在のGT300仕様GT3では)200馬力以上少ないんですよ。4リッターの排気量だけ同じで、使ってる領域はだいぶ低いところになるわけです」
MP4-12Cに搭載されてデビューした、英国のエンジニアリング企業リカルドとの共同開発によるV型8気筒ツインターボは、この720Sで4リッター版のM840T型へと進化しており、構成部品の実に41%を見直したことで720PS/770Nmという驚異的なアウトプットを誇っている。
しかし流入空気量を制限するエアリストリクターで性能調整を行う自然吸気エンジンとは異なり、ターボ車は回転数ごとの最大過給圧テーブルでのBoPが課され、全回転域でパワーが絞られる。
同じ最大過給圧テーブルを採用するホンダNSX GT3やニッサンGT-R NISMO GT3 2018年モデルと過給圧レシオを比較してみると、第3戦鈴鹿のBoPテーブルで常用6500回転では、NSXが2.03@0.88(@Lambda)、GT-Rが1.83@0.88なのに対し、720Sは1.54@0.88と、相対的にブースト圧が低く抑えられており、パワーが制限されている。
また、このテーブルで8000回転以上が記載されているのも、720S GT3が搭載するM840T型エンジンのみ。使用回転域でもライバルとは異なる苦労も見えてくる。
「例えばM6も、最初に乗った時は『ヤバい、これ超速い』と思ったけど、そのM6もBoPが掛かって開幕のレースを迎えたら、ただの640iになってた。このGT3のレースは『それさえ許されたら、俺たちもっと速いのに』というジレンマを全員が抱えているレースだと思ってください」
「だから『トラクションコントロールのプログラムを変えてきたからチェックしてくれ』と言われても、最初から『(トラクションコントロールの制御が)入らないから』って(笑)。逆に言えば、そういうトラコンなどに頼らなくても走れるくらいバランスは良い、ということですけどね」
「それに(開発時などに)ピレリのワンメイクタイヤを履いていて難しかった部分というのも、こちらのタイヤを履くことでだいぶ補ってもらえるところもある。その点では、スーパーGTでの720Sはより攻め込める楽しいパッケージのはず。ワンメイクタイヤも、そのなかで戦う難しさと楽しさはありますけどね」
「その点、タイヤの気持ちよさと同じくらい結果も良ければ最高なんですが」
荒は最後に「このクルマは誰が乗っても気持ちいいと思いますよ」とも付け加えた。さらなる気持ち良さはその言葉どおり、今後の表彰台やリザルトに求めていくことになりそうだ。





