1997年にJGTCへデビューしたNSXは、GT500マシンとして唯一、ミッドシップレイアウトのマシンだった。重いエンジンがホイールベースの間に置かれるミッドシップレイアウトは慣性モーメントが小さい分、向きを変えやすくコーナリングに有利と言われるが、前後重量配分という点では後寄り過ぎ、前後のタイヤから限界までパフォーマンスを引き出すという点では問題を抱えていた。
当時JGTCではフロントタイヤを大径化してフロントタイヤからパフォーマンスを引き出し全体の走行性能を引き上げる傾向が強まっていた。しかしリヤヘビーなNSXは充分な荷重をフロントにかけることができず、潮流に乗り損ねつつあって対応が求められていた。
しかしエンジンの前後逆転配置は容易ではなかった。というのもドライバーの背後にあるエンジンの前方、キャビンに食い込ませてギヤボックスを置かなければならなかったからだ。車両規則では、ギヤボックスをマウントするためならば「隔壁」に最小限の改造を施すことが許されていた。
これは本来、フロントエンジン車のギヤボックスを後退させて搭載する際の便宜をはかる規則であったが、開発陣はその規則に着目、ミッドシップレイアウトに当てはめてドライバーの背中にある隔壁にギヤボックスを置くだけの穴を開け、新しいパッケージを成り立たせた。この結果、前からドライバー、ギヤボックス、エンジン、デフという順番でコンポーネントが並ぶことになった。
ギヤボックスをエンジンの前に配置したことにはもうひとつの意味があった。量産NSXは、エンジンを横置きすることによってホイールベースを縮めコンパクトなパッケージを実現していた。したがって、そのままエンジンを縦置きにして通常のミッドシップカーのようにエンジン後方にギヤボックスを置くと、前後長が伸びる分ギヤボックスとデフが後方へ押され、車両規則でホイールベースが制限されている中では駆動系が成り立たなくなるという事情もあったのだ。
わざわざギヤボックスをエンジンの前に置き、動力をエンジン後方のデフへ導くという特殊な構造は、非常に複雑でパワーロスも大きくなる。それでも03年の段階では前後重量配分の改善と差し引きした場合に有利だという結論が下され、開発陣はエンジンの縦置き前後逆転配置という大改造に踏み切り、NSXの宿命であったリヤヘビー傾向の前後重量配分を改善したのであった。
工夫の積み重なったレーシングテクノロジーは、レースファンにとってコースの上で繰り広げられるレースそのものと並び立つエンターテイメントである。03年型NSXの場合、外見を一見すると旧型同様量産NSXのイメージを色濃く引き継いでいながら、そのボディの中には量産NSXとは似ても似つかぬメカニズムが隠されていた。
ファンの目には大変オイシイ”作品”であったが、同時に本来のGTという意味では新しい車両規則を受けて大胆に本道を外れた”異形”でもあり、複雑な気分で眺めざるをえなかったものだ。
