更新日: 2020.06.30 11:15
突き抜けた排気量で“1年勝負”。秘密裏に進められたトヨタ・スープラV8NA化計画【スーパーGT驚愕メカ大全】
それまで使ってきた3S-GTEは長年にわたってチューニングが積み重ねられた結果開発の余地がなくなる一方、コスト抑制のためにエンジンライフを延長しなければならなくなって苦しい状況に陥っていた。
それならば、思い切って大排気量の自然吸気エンジンを投入しよう、と思い立った開発陣が白羽の矢を立てたのが、セルシオ用の排気量5.2リッター自然吸気V型8気筒エンジン3UZ-FEだった。大排気量自然吸気エンジンならば最大パワーだけではなく3S-GTEが課題としていた低回転時のトルクも充分ある。
発想自体は以前からあったという。しかし直列エンジン用に開発されたスープラのエンジンルームにV型エンジンを詰め込むには無理があって、実現には踏み切れないでいた。
ところが、以前にこの連載でも触れたように、2003年は車両規則が改定されキャビン前後のフレームは自由に設計したパイプフレームに置き換えて良いことになる。つまりV型エンジン用のフレームを作ればスープラにV型エンジンを組み合わせられる。機は熟したのである。
しかも、ライバルのホンダもニッサンも、5リッターを超える領域でレーシングチューンを施せる大排気量エンジンを持っていなかった。スープラ開発陣の発想は、周囲の意表を突くものだった。
もっとも、規定の上に書かれた数字を改定して大排気量自然吸気エンジンの利点を潰すことは容易である。規定改定の際、多数決になれば勝ち目はない。
興味深いのはスープラ開発陣自身、このアイデアを明らかにすれば吸気リストリクターの規定が見直されてせっかくの利点は失われてしまうだろうと予測し、せめて1年はこの抜け道を確保して戦いたい、勝負は1年限りだと覚悟していた点だ。
規定を定めるJAFテクニカル部会が会議を開いて翌年のリストリクターテーブルを決めるのは8月。スープラ開発陣は2002年初めから極秘のうちにV型8気筒エンジンを搭載したスープラのテスト走行を重ねてパフォーマンスの目処をつけながら8月を切り抜け、2003年シーズンにマシンを投入した。
V8スープラは期待通りの性能を発揮し、シリーズチャンピオンを獲得することはできなかったが、シーズン3勝を挙げた。
そして当然ながら2004年のリストリクタテーブルは書き換えられ、2003年ほど大排気量自然吸気エンジンの利点はなくなってしまった。
だが、スープラ開発陣は新しいリストリクタテーブルを解析、最適化のため排気量を5.2リッターから4.5リッターへ縮小して新しい条件に備え、改めて大排気量自然吸気エンジンの戦いが始まることとなった。文字で書かれた規定の抜け道を通り抜けた驚愕の裏技は、こうして“表技”となったのだった。