サイドラジエター化は、前後重量配分の改善による操縦性向上と、エンジンルーム内の空気流改善による空力性能向上を狙ったものだった。
通常、グリルから入りラジエターを冷却した空気はエンジンフード(ボンネット)上面に設けた大型ルーバーから排出される。
しかし冷却後の空気をフェンダー側面から引き抜けば、エンジンフード上面のルーバーを縮小したり、場合によっては完全に塞いだりすることができる。この結果、空気抵抗を低減するとともにフロントウインドウからルーフへの空気を乱すことなく流しリヤウイング効率を上げるなど複合的な空力性能向上が実現したのだった。

HSV-010 GTの進化はこれだけには留まらなかった。さらにHONDAの開発陣は冷却水を通常の摂氏80度前後から沸点の100度以上まで引き上げて運用したのだ。
通常の水冷ガソリンエンジンでは冷却水が沸騰すればいわゆるオーバーヒートの状態となり正常な冷却ができなくなる。しかし冷却系を密閉し冷却水を高圧で循環させれば100度以上の高水温でも沸騰を抑制できる。冷却水を高温にすれば外気との温度差が広がるのでラジエターの冷却効率が上がり、その分空気抵抗の発生源であるラジエターを小型化できるのである。
当然、冷却系を1.3バール以上の内圧に耐えられるよう作り替える必要があるが、冷却効率を上げて得られる空気抵抗低減のメリットは競技車両にとっては無視できない取り分になる。冷却水の高圧高温運用は当時F1グランプリで広く用いられた技術であった。
GTカーとしては特異なサイドラジエターレイアウトは狙いどおりの効果を発揮しHSV-010は「乗りやすいGT」となったが、2011年、2012年とチャンピオンを獲得することはできず4シーズン目の2013年には再びラジエターをフロントレイアウトに戻すことになった。
これは、ラジエターを車体側面に配置しているとレース中の軽微な接触でも致命的なダメージとなってしまうことを考慮した決断だった。
結局HSV-010 GTは2013年いっぱいで戦線から退き、規則の変更に合わせて2014年には2代目NSXがGT500のベース車両となった。
言うまでもなく2代目NSXは2017年に発売され現在に至る「市販車」だが、2014年の段階ではまだ市販の実績がない「コンセプトカー」であり、コンセプトカーをベースに開発されたGT500車両もその車名は「NSXコンセプトGT」とされていた。つまりその立場は、市販されなかった車両をベースに開発されたHSV-010GTと同じだったのだ。
正式にGT500車両が市販車両をベースに開発された「NSX-GT」となるのは、2代目NSXが発売された2017年シーズンのことだった。
