だが、自らが職を失うという最悪の状況までとことんネガティブに考えた先に、山本は“答え”を見つける。「レースって必要なのか?」という問いに対して──。

「ほかのことなんてできないし、やっぱりレースしかない。自分はこれを極めて生きていくしかないんだ」

 そんな結論に達したときには、もう5月末を迎えていた。緊急事態宣言は解かれ、経済活動をはじめ、世の中が少しずつ元に戻り始めていた。レースのスケジュールも決まった。あとはもう、再開されたときに結果を残せるよう、心と身体の準備を進めるだけだ。

 山本は開幕までのこの時間を「覚悟を決めることができた期間」と振り返る。

 さまざまな思いがよぎるなか幼い子どもたちと家で過ごす日々は、普段当たり前のようにレースやイベントを“仕事”としてきた自分がどれだけ周囲に助けられていたかを思い知る時間ともなった。いまはまた一段、モチベーションが上がったようにも感じている。

 3カ月ぶりのサーキット。富士での公式テストは、山本とRAYBRIG NSX-GTにとってよいものとなった。

 3月の岡山公式テストで悩まされた、高速コーナーでマシンが暴れる症状が解消されている。新たな相棒となった牧野任祐もこのクルマの習熟をスムーズに進め、好タイムを刻んでいた。

 2日間という限られた時間でやるべきことは山のようにあり、サーキットに戻ったという感慨が湧いてくる隙もない。目の前のことに集中できる職場では以前と同じ“レースモード”の山本がいた。

 不思議な感覚に見舞われたのは、その帰り道のことだ。自宅へとひとり車を走らせる山本に、これまで味わったことのない感情が押し寄せてきていた。

「残念ながらお客さんはいなかったけど、自分の好きなチームで、好きなエンジニアさんやメーカーの開発陣の人たちと、好きなことをさせてもらっている。本当に幸せだなぁ」

 レースができる。「これしかない」と覚悟を決めたレースが、またできる──。

 しみじみとそれを噛みしめたとき、山本の重く長い“オフ”が明け、あとはただ「開幕戦で勝つために何をすべきか」に考えを巡らせていた。

* * * * * *

 8月7日(金)発売の「2020スーパーGT公式ガイドブック」では、山本のほかにロニー・クインタレッリ、石浦宏明の「特異なオフの心境」を掲載。また、GT500クラスに参戦する3メーカーのマシン詳細や全チームガイドなど、スーパーGTファン必見の企画の数々を掲載している。

当記事は、8月7日発売auto sport臨時増刊「2020スーパーGT公式ガイドブック」に掲載。エースたちがコロナ禍の「特異なオフ」を垣間見ることができる。
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