更新日: 2020.10.30 12:49
MOTUL AUTECH GT-Rと松田次生が見せた実力。チームの好判断と幸運だけじゃなかった奇跡の勝利
ランキング9位で今回を迎えたMOTUL AUTECH GT-Rは、優勝が絶対条件だった。ライバルたちはみなハンデがきつく、大量得点は望めない。一方、こちらのウエイトは上限いっぱいの50㎏ではあるものの、燃料リストリクターは絞られていないので直線でのディスアドバンテージはない。
今季の第3戦では勝っており、マシンの鈴鹿セットは決まっている。すべての条件がそろっているここ鈴鹿は、絶対に獲らなければいけない。
そういうときに、きっちり仕事をしてくれるのがベテランだ。逆に空回りしたり、プレッシャーに押しつぶされたりするのはルーキー、または「そろそろ……」と言われるベテランである。マシンの持ち込みセットは、重いぶんアンダーはあるものの、走り出しは順調と言えた。
その流れでQ1突破を期待されたが、次生はまさかのクラッシュを喫してしまう。その瞬間、誰もが最多勝男の陰りを感じたのではないだろうか。
予選日の夕食は、ロニーとともにお通夜のような雰囲気で過ごした。それでも相棒は「明日がんばろう」と励ましてくれた。次生にとってこの夜の落ち込みは「レース人生一」だったという。この日の次生のブログには、行間から「ご・め・ん・な・さ・い」という思いが読み取れる。
その間、メカニックは修復に追われていた。マシンはエンジンのフロント側、フロア、さらにウイングまでも壊れていたという。それでも夜の11時前には作業が終了し、終礼の場で鈴木監督は「レースはできる。気持ちを前に、できる限りのことをやろう」とスタッフに声をかけた。
翌朝、次生とロニーの表情を見た鈴木監督は、「次生は多少気持ちが切り替わっていたように見えた。ロニーは『ベストを尽くすぞ』という戦う強い意志が見えた」という。とはいえ、さすがに追い抜きが難しい鈴鹿を最後尾からスタートするので、そう簡単には順位を上げられない。
だが、それも陣営にとってラッキーだったかもしれない。もっと中団を走っていれば、ピットインのタイミングが間に合わなかったかもしれないからだ。それ以外にもレースの神様は多くのラッキーをもたらしてくれた。
クラッシュ映像が映し出されてからSC導入までのタイムラグが絶妙だったこと、SCラン中のカルソニック IMPUL GT-Rの前にGT300がいたこと(このマシンがいなければ、カルソニック IMPUL GT-Rの車速はほんの少し速くなり、MOTUL AUTECH GT-Rは前でコースインできなかったかもしれない)、次生のアウトラップがSCランだったこと(通常のアウトラップであれば、タイヤが温まっているカルソニック IMPUL GT-Rに抜かれていたかもしれない)など、考えうる幸運をすべてかき集めたかのような状況だった。
チームの好判断とたくさんのラッキーのおかげで、次生の前日のミスはリセットされた。あとは自分の腕でそれを守り切るだけだ。だが、後ろのマシンは自分よりウエイトが44㎏も軽く、エンジンも“正真正銘”の2基目。
ステアリングを握る平峰一貴は、いまノリに乗っている若者だ。ある意味、「来季のエースカーのシート争奪バトル」のようにも見える。「次生さん、そろそろ世代交代しましょうよ」と言わんばかりに。だがベテランは大きな壁となって若者の未来を潰す。
「ウエイトはこちらのほうが重いのでブレーキングは厳しい。だから立ち上がりでしっかり離そうと気をつけた。あとタイヤのグリップは良かったので、ピックアップさえなければ大丈夫だろうと思った。ピックアップが取れたら、後ろは離れていったし」
ピックアップが付くたびにマシンを振り回して取り、また付いては取ってを繰り返す。そしてGT300のマシンを追い抜く際は、間合いを計算しながらクリアしていく。終盤、後輩のタイヤはやがてグリップダウンが始まり、さらに後続のマシンに迫られることになる。
こうして、次生は最多勝の自己記録を『22』に伸ばすことに成功した。「奇跡」の文字がふさわしい勝利だが、では果たしてMOTUL AUTECH GT-Rは速かったのか。運が良かったから勝てただけであり、実力は備わっていなかったのか。
次生が予選で仮に無事ダンロップコーナーを通過し、それなりのグリッドだとしたら、勝てたのだろか。それは2位平峰一貴の言葉が物語る。
「向こうのタイヤのピークがくる前に抜こうと思ったけどできなかった。その後、次生さんは僕に隙を与えることもなかった。純粋に向こうのほうが、僕たちよりパフォーマンスが高かったです」
次生がクラッシュ直前にマークしていたセクター1のタイム『28秒789』は、Q1の全体ベストであり、まさしく実力そのものであった。終盤食い下がった後輩に、パルクフェルメでは「しつこいな、お前」と声をかける。
星野一義監督から祝福を受けると、「勝ってすみませんでした」と、なぜか謝る次生の引退は、「そろそろ」ではなく、「まだまだ」先のようである。