そんな一瀬氏が55号車を走らせ、タイトルを獲得した2019年。「推奨……と呼ばれるようなベースラインはない」車両で、セットアップ面において注意していたポイントが「いかに4輪を接地させ、タイヤを効率的に使うか」と、その「エアロをどれだけ出せるか」の2点だったという。
「車高は基本的にフロントは最低(参加条件下限の最低地上高66mm付近)で、あとはリヤのレイクでどれだけDFをフロント寄りにできるか。なるべくレイクを付けられるように、DFバランスを前寄りにしていっても走れるような足回り作りを心掛けています」
フォーミュラのようにフロントのウイングやフラップでDFを助けることができないGT3車両では、ほぼレイクアングルに頼るしか手立てがない。その点、NSXはアングルの感度が高く、1mmでもDF量が変化した。このレイクによって、フロント側を助けるだけでなく車両全体のDF総量も増したという。
「ただ(メルセデス)AMGさんとかも外から見てる感じだと、あのクルマはブレーキングしてもあまりフロントが沈まない。でもNSXはフロントが沈んでしまうので、あまりレイクを付けた状態で走ってると、ブレーキングでかなりバランスが崩れる。そことの整合性は結構、難しいですね」
通常のGTマシンのセオリー通り、ブレーキング時にサイドウォールが潰れる以上にダイブするNSXは、エアロとの兼ね合いもありフロントの車高変動をなるべく抑え、動かさない方向のセットアップを採りたい。そのため、サスペンションもパッカーやバンプラバーをほぼ常用するような状態で走らざるを得ない。
有効ストロークはシリーズで使用するサーキットのうち鈴鹿だけが異なるも、それ以外のトラックでもほぼ同じ範囲であまり変えないことから、用意されるスプリングも6種類のうち2種類程度を使用するのみ。鈴鹿に至っては「硬い側1択(笑)」の状態だという。
「その辺りの使い方が去年(55号車)はうまく見い出せた、というか。僕はもうブリヂストンタイヤを6年ぐらいやっていたので、タイヤの使い方も含めて理解してクルマを組み立てられた。その分、1年目だけどすぐに結果が出たのかな」と分析する一瀬氏。
同じNSX GT3、同じEVOモデルを使う2019年と2020年。変化したのは所属チームだけでなく、足元に履く銘柄も同様だ。前述のような空力優先のセットアップを採用していることもあり、ブリヂストンとヨコハマタイヤではその使いこなしに異なる考え方が求められそうだ。その点、一瀬氏も「最初の岡山テストでは、今まで作って来たクルマのイメージで行ったら大失敗した」と、新たな苦労に直面したことを明かしてくれた。
「最初の岡山のときは、ずっと20番手ぐらいだった……。それは自分のなかのタイヤの使い方のイメージが合ってなかったんだと思います。なので、自分の計算のなかでスタンダードなクルマに戻して、改めてタイヤに対してどうやって荷重を掛けていくか。そこから今は、またヨコハマさんのタイヤに関してよりグリップが出る方向へって振って来て、今ようやく仕様が固まって来た感じです」
昨季までのダンパーでは、圧側も伸側も「減衰でわりと特殊なこと」をしつつも、どんな状況でもクルマをフラットに走らせることを狙ってきた。コーナーでもイン側のリフトを抑え、内輪側に配慮してつねに4輪で走るイメージをしてクルマを作っていたという。
しかし今季は、多少のロールを許容してでも”外輪側”を上手く活用するイメージへと転換。コーナーでも1輪により多くの荷重が乗るような方向へシフトした。

