一方、昨季まで担当した”チャンピオンエンジニア”の伊与木仁氏を引き継ぎ、今季から100号車改め1号車のチーフエンジニアに就任した星学文氏は、このオフシーズンから「とにかく『1発の速さを出す』っていうところをいろいろトライさせてもらった」と話す。
「もともと昨季の100号車はレースの力強さはあったので、その『下から追い上げてく』ってとこに良さはあるんですけど、やっぱり予選でさらに前に行ければ、レース展開も少しラクになるんじゃないかな、っていうところが課題でした」
星エンジニアは長年にわたり8号車のチーフを務めた当事者、まさにその人であり、MRなりのクセに対する理解とFRへの転用という部分を認識しつつ「予選1発はこういう方向で」「レースに向けてはこういう方向で」という色分けが「まだ発展段階とは思うんですけど……」と言いつつ「多少、今回は形になって来たかなとは思います」と手応えを口にする。
「当時担当させてもらってた野尻くんはよくポールを獲ってくれたんで、そういう(1発に秀でる)イメージだと思うんです。その頃でも予選とレース『どっちも上手く』ってパターンは出来てなくて、当時は僕も課題で……」と星エンジニア。
「野尻も(福住)仁嶺も1発の速さはもう誰よりも速いと思うし、ショートランでポール獲るってのは8号車にとっては今までも良く獲れて来たと思うので、あとはどうやって安定させて8号車はシリーズを戦うかってのが彼らの今の課題だと思う。ちょっと1号車とは逆の感じですよね(笑)」と、お互いに旧知のディングル氏が目指す方向性に理解を示す。
今回のもてぎに向けては、通常の冬場は「調子良く走る」ものの、エアロの効率が相対的に落ちる夏場、高温化の環境でどれだけのパフォーマンスが出せるかに不安があったという1号車。しかしフタを開けてみれば、予想を上回る暑さにも関わらず持ち込みから大きな変更もなく「ドライバーとも焦らずにアジャストできた」ことで「予選ポールからレースを戦って、これまでより以上に戦略の幅を広くしてラクに戦えるようになる」という目論見どおりのレースウイークを過ごした。もちろん、チャンピオンのドライビングも勝利を大きく引き寄せる要因になった。
「今回みたいに(山本)尚貴はタイヤのマネジメントからバックマーカーの処理とか、やはりスキルとして改めてスゴイところがあるドライバーだな、と感じました」
加えて、この2カ月間のインターバルでGT500開発を率いるHRD Sakuraが投入した新たな“タマ”も「効果的で大いに役立った」という。
「ホンダさんの開発領域で出来るところはとことんやってもらったので、そういうのがなかったら当然この結果には繋がってなかったと思いますし、車体側の出来る範囲の軽量化だとか、その辺も今季に向けて研究所さんが頑張ってやってくれたので」
開幕戦岡山での厳しい結果を受け、このインターバルで「本来なら『こんな効果の小さなものは普段はやらないな』っていうモノでも、積み重ねだということでやりました(ホンダ徃西友宏氏)」というNSX-GTは、土曜公式練習から高速区間S字の進入でも鋭さを感じさせる動きを見せ、ブレーキング時のスタビリティやノーズの反応、そして脱出に向け前へ前へと出ていく高いトラクション性能を見せつけた。
「総じて今回の1号車は高速コーナー区間のセクター2などで(公式練習の)混走の時間帯でも割と速いタイムがアベレージ的に出せたかな、と。それと最終セクターですね。そこも今回はNSX、とくに1号車は予選に関しても割と良いタイムが平均的に出せてるというところで、そこが他車に対してよく仕上がっててアドバンテージがありそうでした」と、NSX-GTの車体開発を担う徃西氏。
こうした地道な改善が車体側からのフィードバックをより的確で鮮明なものとし、その高い解像度を望むドライバーにも相乗効果として還って来た部分があるかもしれない。改めて、両エンジニアの総括を聞く。
「新しいクルマの規定になって……そういう研究所さんからの支援もあって、どういう方向性でそれぞれ『予選』『決勝』という風に作っていけば良い、っていうのが少し見えて来たような感じはありますね」(星)
「ドライバーの好みには去年より合ってると思うから。あともう1歩、2歩くらいで本当にどのサーキットでも『1発が出る、ロングもOK』みたいなことが実現する。それを見つけるまで努力、続けていきたい」(ライアン)
これまでどおり、レギュレーションが決まっている狭い範囲の中で、セットアップ領域の重要性が高いことは明らか。昨季は17号車が先行してFR初年度の”最適解”に到達し、その効果が陣営全体に波及した実績もあった。開発側の競争と同時に「走らせる側の勝負」もまた、濃密な時間が続きそうだ。

