Shinnosuke Ohta

 レーシングカーの基本原則ともいうべき論理を突き詰めたBMWモータースポーツは、ロードカーのボディシェルを活用するGT3規定でありながら、前後のサスペンションメンバーを新造してパフォーマンスを優先する方針を選んだ。

 リヤ側では理想的な位置にロアアームのピックアップ位置を持ってくることも狙い、サブフレームを介さずにボディ直付けとして軽量化に貢献するとともに、ジオメトリーの理想値追求とストローク時の精度向上も実現。フロント側もバルクヘッド直前からもともとのサイドメンバーを切り取り、レース専用設計のアルミキャスティングでフランジを製作し、そこにトップアームのポイントを設けている。

「エンジンもベースのロードカーがドライサンプではないですし、ウエットサンプからドライサンプに変更して下げて作ってる。すると当然メンバーもパイプでトラス構造を入れた溶接モノの専用品になってます。前側はどうしてもエンジンがここにある以上、ある程度の制約の中で妥協点だと思いますが、ロアアームなんかもできるだけ長く取れるようにエンジンを支えるサブフレームと一緒にポイントを作り込んであります」と説明する高根エンジニア。

 これにより、P63のコードを持つB44型の4.4リッターV8は驚くほどコンパクトに、低く、後退した位置に搭載され、タービンをバンク角の内側に収める、いわゆる“ホットV”のレイアウトを持つエキゾースト周りは、行き場を失ったことでブロック上部を取り回してサイド出しに。結果、車体の慣性モーメント低減による運動性能向上に寄与している。

「でもこれをやるためには結局それだけのコストが掛かるわけですよ。たとえばアウディだとかメルセデス AMGだとかは、元からキャビンだけで前後はフレーム構造で伸びてるだけ。そういうクルマは、もともと理想的なジオメトリーだし、取り付けがしやすいし、(GT3化に際して)アプローチしやすいクルマなんです」

「でもこのクルマやGT-R、レクサス RC Fなどもそうですけど、完全に量産モノコックを使ってるクルマってすごくいろいろな制約があって、その制約の中で販売価格に対してどれだけ、どうコストを掛けるのか。そこはメーカーの意気込みじゃないですか。普通の企業がその工数と手数を積み上げていったら、たぶんこの値段じゃ出せないと思うのですよね」

 そんな高根エンジニアの言葉どおり、デビュー時の販売価格は37万9000ユーロ(約4920万円)と、当時としても比較的GT3のメインボリュームとなる相場感で登場。その点でも“利益より理想”を追求したかたちだが、こだわりのポイントはそれだけに留まらない。

「2016年に一番最初にクルマが来たときも、このサスペンションアーム類の細さにビックリしました。さすがにこれはスーパーGTだとタイヤグリップに負けて弊害が出る、と思ったら、結局ここまでまったく出ないし問題ないですね。それだけ考えて設計してある」と続ける高根エンジニア。

 さらに「アームの後ろは平板にすることで、クラッシュしたときにこの辺のアームがヒューズになって折れたり曲がったりしてくれる」ことで、前方からの激しい入力があってもアルミのキャスティング類やキャビン方向への衝撃を緩和し、セーフティ性能を確保するとともに大型部品の損傷を防いでランニングコスト削減にも繋げている。

 また、フランジから前方のクラッシャブルストラクチャーと熱交換器類、バンパーやヘッドライト部のユニット一式をアッセンブリーとすることで、長時間の耐久レースなどでは破損時にモジュールで交換。かつてのLMP1のような方式も採るなど、あらゆるノウハウが詰め込まれている。

 こうしてマスの集中化を実現したM6 GT3は、ボディシェルの軽量化を経てなお、市販モデルのBMWが信条とする“50:50”の前後重量配分に限りなく近づく「52:48ぐらい」の前後バランスとされている。

B44型の4.4リッターV8“Mツインパワー・ターボ”は公称585馬力を発生する。
B44型の4.4リッターV8“Mツインパワー・ターボ”は公称585馬力を発生する。
オーリンズ製フロントダンパー。車重は1.3トンあるもアーム自体は細いオーリンズ製フロントダンパー。車重は1.3トンあるもアーム自体は細い
オーリンズ製フロントダンパー。車重は1.3トンあるもアーム自体は細い
BMW M6 GT3のオーリンズ製フロントダンパー。
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2021スーパーGT第3戦鈴鹿 Studie PLUS BMW(荒聖治/山口智英)
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