Shinnosuke Ohta

 前を行く12号車カルソニック IMPUL GT-R、平峰一貴の動きをじっくり観察した8号車ARTA NSX-GT野尻智紀は、ストップ・アンド・ゴーの勝負でポイントとなるブレーキングゾーン、そして立ち上がりのトラクション勝負で優位に立つべく、背後から執拗に揺さぶりを掛けていく。

 それを百も承知の平峰も、コース上での“危険箇所”を抑えるべく局面ごとに相手のタイミングを外す動きを見せ、パッシングの機会をひとつずつ丁寧に潰していく。そして迎えたファイナルラップ……。

 2021年スーパーGT第7戦、今季初2度目の開催となったツインリンクもてぎ終盤の10周は、まさに“肉弾戦”と表現するにふさわしい、1対1のデュエルに際しお互いが持てる技術の引き出しを総動員しての死闘が演じられた。

 ドライバーがそうして技術を駆使したのと同様に、車両開発、エンジン開発の面でも、各車両の『持てる個性』が存分に発揮された1戦だった。最終的にガス欠症状が出たマシンをフィニッシュラインまで運んだ平峰だったが、当初から言われるようにここもてぎは燃費に厳しいコースとして知られる。その点で、最後はエンジン性能差が生んだ結末だったと言えるかもしれないが、ホンダのGT500開発を率いる佐伯昌浩ラージ・プロジェクトリーダー(LPL)は決勝レース後に次のように振り返った。

「今回はとくにタイヤと燃費というのがカギになったレースでした。ここのところ1号車(STANLEY NSX-GT)がミニマムで入ってアンダーカット、という作戦を成功させているので、ほかの2メーカーも今回は相当頑張って来たな、という印象です。ほぼ同じ周の前後にみんながピットに入り、かつ我々も燃費を注視しながらレースをしていたという状況なので、多分他社も同じことになっていたんじゃないかな、と思います。もちろん、これだけが最高の戦略かと言うと、また違った展開もあるかとは思うので、みなさんが『NSXにアンダーカットされないように』いろいろ戦略を練って、打って来た手だな……というふうに考えてます」

 その言葉どおり21周目に首位浮上を果たした12号車は、ラップリーダーの定石とは異なり、その3周後には15台の隊列で誰よりも先にピットロードへと向かう戦略を採る。その背後には8号車も続き、結果的に2台は同一周回でタイヤ交換と給油作業、そしてドライバー交代を行うことになった。

2021スーパーGT第7戦もてぎ ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺)
2021スーパーGT第7戦もてぎ ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺)

 ある面で、ライバル陣営にとっては第4戦のここツインリンクもてぎでポール・トゥ・ウインを達成して以降、サクセスウエイト(SW)を搭載して燃料流量ランクダウンの措置を受けながらも、表彰台争いに絡み続けた1号車の“残像”に引き寄せられた形の作戦、とも言えた。

 そこからは同一条件での勝負となるが、再三にわたりお伝えしているとおり燃料流量リストリクターを採用する現行規定のエンジン開発は『燃費率=パワー』の図式が成立する新次元の開発競争となっており、少ない燃料をいかに効率良く使うかが勝負の決め手となる。

 一般的に気温の低下はエンジン出力面での向上と引き換えに燃費の悪化をもたらすが、7月の第4戦時点で「燃費の部分にはまだホンダに優位性があるのかな(=出力面でも優位がある、の意)」とも語っていた佐伯LPLの言葉どおり、レイアウト的にパーシャルスロットルの領域が少なく、FR化以降は燃費悪化に影響するアンチラグを使わずともドライブのできるホンダ陣営には、今回のシチュエーションがさらに優位な状況を生んだとも考えられる。

 一方、車体開発の面でもここもてぎはNSX-GTにとって得意中の得意と見られていたトラックでもあった。GT500の車体開発を預かる徃西友宏氏も、戦前に「ここもてぎは、昨年にも2回レースをやった結果もあり『NSXは得意じゃないか、戦闘力があるんじゃないか』と外からも見られていると思う」との見立てを語っていた。

「やはりホンダのサーキットということで、もてぎはどうしても勝ちたい。HRD Sakuraの地元でもありますので、そういった思いがあります。これまでは燃費の良さで良い展開のレースができていたのですけど、やはり今回のように他社もそのあたりの差はしっかりと詰めてきていたので、全然ラクな展開にはならなかった」と続けた徃西氏。

2021スーパーGT第7戦もてぎ STANLEY NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐)
2021スーパーGT第7戦もてぎ STANLEY NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐)

 今季はもともと予定されていた第3戦鈴鹿サーキットでの1戦が延期され、前半戦に約2カ月の空白期間が生まれていたが、その間を利用してホンダ陣営はクルマの正しいセットアップの方向性や、得意部分をさらに引き出す方針に着手。その第4戦を前にとある“タマ”を投入していた。改めて、当時の徃西氏の発言を振り返る。

「もてぎだとS字や最終区間など、左右に荷重が移るような箇所、そういったクルマが動くシチュエーションで安定して走れるように、ドライビングもしやすいように、クルマとしてもっと出せるはずの性能を出し切ろう、ということで(対策を)やって来ました」

「本当に細かいことから……あと形のあるもの、ないもの、それらを含め(笑)、いろいろと隅々まで本当に全部を見渡し、本来なら『こんな効果の小さなものは、普段はやらないな』というモノでも、積み重ねだということでやりました。このあとに続くどんなコースでも、どんな部分でも、全体に性能が底上げされていればいいなと思っています」

 現状の規定では車体側も数多くの主要コンポーネントが共通部品化されていることもあり、大掛かりなパーツの投入や変更はほぼ不可能な状況だが、微細な分野に投入された“新しいアイテムによるアップデート”は、2020年のFR初年度に抱えていたNSX-GTのある“弱点”の解消にも繋がったように感じられる。その手応えは、ホンダ陣営自身も認識している。

「今年はとくにブリヂストンユーザーのNSXに関しては、レースペースの良さとか、後方から追い上げていく強さとか、その点で戦えているのかなとは思っています。決勝では17号車(Astemo NSX-GT)もレースペースが良く、コース上でもしっかりオーバーテイクして順位を上げていくというところを見せられた」と、今回の決勝レースを総括した徃西氏。

「これまで他社のクルマの方が『レースに強い』と言われていましたが、今季のNSXはそこでもしっかり負けないような実力をつけてこれているな、と。開発の成果という部分もあるのですけど、ドライバーやチーム、エンジニア、その連携が進んだので底上げができたのだと思います」

 全15台が0.742秒差にひしめき、Q2進出カットラインは0.423秒圏内という緊迫の予選Q1を経ながら、Q2では4輪脱輪の走路外走行によりベストタイムが抹消。8番グリッドから勝負を開始する形となった17号車は、さらに決勝前のアクシデントで車体後部のカウルが大破し、20分間のウォームアップ走行機会を失う大きなディスアドバンテージを抱えた。

 しかし急遽の修復作業で16号車(Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GT)のスペアカウルを装着し“翼を授けられた”17号車は、レース前半戦からオーバーテイクを重ね、後半の塚越広大はコース上で4台を仕留めて4位までカムバック。昨季は「混戦状態になると、自力で抜いて上位に上がっていくことが難しい」と言われた弱点も克服し、この“抜けない”ツインリンクもてぎで貴重な8ポイントを稼ぐことができた。

2021スーパーGT第7戦もてぎ Astemo NSX-GT(塚越広大/ベルトラン・バゲット)&ENEOS X PRIME GR Supra(大嶋和也/山下健太)
2021スーパーGT第7戦もてぎ Astemo NSX-GT(塚越広大/ベルトラン・バゲット)&ENEOS X PRIME GR Supra(大嶋和也/山下健太)

 これで合計52点としランキング3位につけた17号車とは対照的に、今回は参戦15台中唯一の燃料リストリクター1ランクダウン車両として、ピット作業後に前を塞がれ上位進出はならなかった1号車だが、依然として山本尚貴は60点(牧野任祐は57点)の選手権リーダーに君臨し、第6戦オートポリスからの連勝を飾り、55点のランキング2位に浮上した8号車は、タイトルに向け当然“3連勝”が合言葉になる。

 そして今回のレースでは最後まで14号車(ENEOS X PRIME GR Supra)を抑え切り、5位入賞を果たしたダンロップタイヤ装着16号車の存在も、最終戦に向けホンダ陣営には心強い戦果と言える。改めて、2021年総決算となる富士スピードウェイでのノーウエイト最終決戦を前に意気込みを聞いてみる。

「う~ん、この上位3台に頑張って欲しいです。いやもう全然、展開って見えなくて。富士のサーキットはとくに予選でGRスープラ勢が速い。予選というよりストレートが速いので、レース中に順位を上げていける向こうが優位だと思う。なんとか喰らい付いていき、しっかりポイントを獲りにいくレースができればな……と考えています。なんだか歯切れが悪いんだけど(笑)、昨年みたいなことは起こり得ないし、今日(ライバルに)起きたようなことが次の富士で起こることはないと思うので、しっかりロングランペースを安定させて、ポイント圏内の順位で走らす、というのが1番重要な課題だと思ってます」(佐伯LPL)

「昨年も富士以外のサーキットでの力関係を踏まえ、実際に富士に行くと、もう予選からすごく、しっかり……叩きのめされた感じだったので(笑)。ポイント争い含め富士でノーウエイトでやっても『これぐらいNSXも上位に食い込める』というのを予選から見せてもらいたいな、と思います。昨年との差がちょっとでも詰まっていればいいと思いますし、その結果としてタイトル争いが安パイな順位で終われれば……。これが『富士だとやっぱり、やられちゃうね』というイメージを少しでも覆すような戦いを、とくにこの上位を占めてる3チームに見せてもらいたいな、というふうに思っています」(徃西氏)

2021スーパーGT第7戦もてぎ Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GT(笹原右京/大湯都史樹)
2021スーパーGT第7戦もてぎ Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GT(笹原右京/大湯都史樹)
2021スーパーGT第7戦もてぎ Astemo NSX-GT(塚越広大/ベルトラン・バゲット)
2021スーパーGT第7戦もてぎ Astemo NSX-GT(塚越広大/ベルトラン・バゲット)

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