更新日: 2021.11.08 17:10
カルソニック平峰一貴を襲った残酷な結末。チェッカー後の涙と掛け替えのない貴重な経験【第7戦GT500決勝】
「普通にブレーキを我慢して奥まで突っ込んだだけですけど、そこはもう、勝負魂というかね」と、さらりと話す松下。そのまま、トップのWedsSport ADVAN GRスープラの後ろの2番手で様子を見つつ、21周目のチャンスを逃さなかった。
「ちょうど向こうのアドバン(ヨコハマ)タイヤとこちらのブリヂストンタイヤのペースが交錯していくタイミングで、少し僕の方が速くなりつつあったタイミングだった。後ろについて、あまり時間を使わされるのが嫌だったので、早めに行っておこうと。一発で決めることができました」
ストレートからスリップに入り、2コーナーの立ち上がりからアウトに並びかけ、3コーナーのアウトから大外刈りでトップのWedsSportをオーバーテイクし、カルソニック松下がトップを奪った。
そのままカルソニックは23周目にドライバー交代のミニマム周回数でピットインし、松下から平峰にステアリングをチェンジ。そのままトップを守っていたが、後ろから8号車ARTA NSX-GTが迫ってきた。ドライバーは、今年スーパーフォーミュラ・チャンピオンになったばかりの野尻智紀。
「やったろやんけ!」
相手が今年最強のドライバーだと分かった平峰に、叩き上げの魂に火が付いた。
「スーパーフォーミュラのチャンピオンと戦えるなんて、最高だなと思っていました」と、振り返る平峰。
「後半の最初、8号車が離れたなと一瞬思ったんですけど、途中から向こうのペースが上がってきて、向こうの方が速そうだなと思いましたね。ブロックして押さえれたのですけど、単独走行だったら、8号車の方がコンマ3~4は速かもという感じでしたね」
野尻の8号車はコーナリングからの立ち上がりとストレートで平峰との差を確実に詰めてきた。だが、平峰は気持ちはアツくも、頭は冷静に相手を分析していた。
「ブレーキングはこっちの方が良さそうな気配でした。ミラーで見ていても向こうの方がストレートが速いので、GT300が絡んだらワンチャン(もしかしたら)抜かれててしまうとは思っていました。そこは死ぬ気で抑えないと」
逃げる平峰、追う野尻。50周目に2台のギャップは1秒を切ると、そこから63周目のファイナルラップまで0.1〜0.8秒差の戦いを繰り広げた。そして、平峰は僅差の戦いを続けながらも、野尻のスキルの高さに舌を巻いていた。
「後ろを気にしながら走っているなかで『やっぱ、野尻選手、すげえな』と。うまさを感じました。相手に常にいいプレッシャーを掛けてきました。プレッシャーのかけ方がとにかく上手で、そして追いかけながらドライビングでは無理をしていない。プレッシャーのかけ方がうまいので、そのプレッシャーを自分がどう受け入れるか。レース中に野尻選手と戦えたのは僕にとっていい経験になりました。野尻選手がどういう戦いをするのか、どういう走りをするのか、僕はすごく見ることができた。いい勉強させてもらいました」
レース中でも冷静に、謙虚にライバルを見ていた平峰。その一方、ドライバーとしての本能と皮算用も忘れていなかった。
「野尻選手はすごかったです。でも『野尻選手に戦って勝てれば、めちゃええやん!』って思っていました」
そして、迎えることになった終盤戦の悲劇。ピットガレージで平峰の走りを見ていた松下が振り返る。
「平峰選手は結構、後ろから攻められていましたけど、安心して見ていました。GT300が絡まなければ抜かれないだろなと思っていて、最後も残り2周を切ったところで前がクリアになって、ファイナルラップもクリアだったので、もう絶対大丈夫だなと思ったのですけど……」と松下。
チームはピット作業で予定された給油量を入れており、平峰も序盤は燃費をセーブして走行していた。平峰が振り返る。
「タイヤと燃費に気を遣っていましたが、後半スティントの中盤あたりから『もう行ってもいいよ』と言われて、後半勝負の作戦どおりに行っていたつもりだったんですけど、ちょっと……なかなか……ショックでした」
ファイナルラップの1コーナーでガス欠の症状を感じ、2コーナーの立ち上がりですぐにスローダウンしてしまったカルソニックと平峰。その脇を、野尻が勢いよく駆け抜けていった。
マシンを左右に振って、駆動が若干回復した平峰はスロー走行をしながら最終コーナーを立ち上がり、WedsSport ADVAN GRスープラにストレートでかわされて3位でフィニッシュ。そのまま5コーナー先のファーストアンダーブリッジ手前で止まり、平峰はマシンを降りた。
「言葉にできなかった。苦しい……悔しい……優勝が見えていたのに……」
チェッカーを受けた瞬間に流れはじめた涙が止まらなかった。