投稿日: 2019.07.14 11:54
更新日: 2019.07.17 18:38

『ティクトゥムわずか3戦で解雇』の教訓。世界のドライバー育成の現実とレッドブルの厳しさ。中野信治監督&SRS副校長に聞く


スーパーフォーミュラ | 『ティクトゥムわずか3戦で解雇』の教訓。世界のドライバー育成の現実とレッドブルの厳しさ。中野信治監督&SRS副校長に聞く

 それにしても、わずか3戦での決断。日本の感覚だと『せめて1シーズン終わってから』という時間感覚がある。最終的にレッドブル側で契約解除を決定したわけだが、その決定を聞いたとき、中野監督はどのような印象を受けたのか。

「厳しいと思いました。ドライバーの立場になって考えたら、すごく可哀想だと思う。可哀想という言い方は変だけど正直、もう少し猶予を与えてもいいなと僕は思います。僕もSRSのスクールでドライバー育成をしていますし、ドライバー上がりですのでドライバーの心情というのはよくわかる。だけど、レッドブルがわずか3戦で決定したというのは多少、乱暴な決定に見えるかもしれないけど、レッドブル側としてもこれまでいろいろなチャンスを与えてきて、そこから得た情報を総合的に判断しての結果だと思います。たしかに厳しい決定だと思いますけど、単に冷たいというだけではなくて、すごくいろいろな角度から見ての判断だと思います」

 その背景には、レッドブルとして『F1で活躍できるドライバーを育成する』という大命題がある。

「F1というカテゴリーを見たときに、言い方はきついですけど、『本当にこのドライバーをF1で戦わせる価値があるのか』というのを見ていると思いますね。ドライバーはいつ、どこで開花するか分からない。でも、レッドブルとしては今は時間がなく、次にF1に送り込めるドライバーがいない状況のなかでゆっくりと育成はしていられない。彼らにとっては『日本のスーパーフォーミュラで1年通して走って』という時間は待てないのだと思います。チームとしては1シーズンという単位でチャンスを与えて考えますけど、レッドブル側はそうじゃない。あくまでF1という視点から今を見ているので、その視点の違いはあると思います」

 多角的に判断している様子が見えたレッドブルの決定。つまりは現代に求められるレーシングドライバーは速さだけでなく、人間性も備えていないといけないということなのか。『ドライバーも社会的常識がなければいけない』という考え方はSRSで育成を担う中野監督の考えにもリンクしてくる。

「モータースポーツの世界というのは厳しい世界ですが、たとえ今はスピードは足りなくても、仕事に対する姿勢とか人間性の部分でパッと周りの目を引くものがあれば、もしかしたらダンも、もう少し時間がもらえたかもしれない。育成の面から見ると、ドライバーはもちろん速い/遅いという要素が問われるけど、今は人間性の部分できちんと学べないといけないと思うし、英語では『Humble』というんですけど、謙虚でいなきゃいけないと思います」

 コンペティションが激しいレースの世界では、若くして成功体験を得てその後、伸び悩むという例は枚挙にいとまがない。

「やはりレーシングドライバーはある程度成績を残すと、その謙虚さを失ってしまうんですよね。自信満々はいいことですけど、謙虚さは失ってはいけない。僕個人としても今回の件は勉強になったと言えば変な言い方ですけど、世界という先を見たときに、人間性も含めて最低限、できていないといけないものがあるというのを改めてレッドブルの判断から思いましたし、レッドブルの厳しさは日本のレース界にも必要だと思っています。少なくとも日本から世界に行こうと思うのであれば、1戦1戦、1周1周、1秒への気概というか覚悟、気構えが常にないといけないと思っています」

 取材を行ったスーパーフォーミュラ第4戦富士では、そのティクトゥムに代わって、レッドブルドライバーとしてパトリシオ・オワードが加わった。初めての日本、初めてのスーパーフォーミュラ、そして初めての富士とシーズン途中から参戦するにはあまりに状況が厳しいが、オワードの最初の印象を中野監督はどう受け止めたのか。そして、ティクトゥムの件を受けて、なにかアプローチを変えることはあるのだろうか。

「僕が伝えることはダンの時と同じですし、オワードとも仕事の仕方は同じです。チームとしてもダンのときと同じく全力でサポートするのは変わりません。パトリシオはインディライツで結果も残していますし、インディ、FIA-F2と大きなマシンも乗っていますので、スーパーフォーミュラにもそれほど大きな戸惑いはないと思います。彼はとにかく、自分からチームに溶け込もうとしているのが大きいですよね。メキシコ人という国民性もあるのかもしれないけど、フレンドリーでみんなに近づこうとしているのが見て取れますし、僕はチームの空気というのを一番大事にしているので、彼がその空気を作ろうと努力しているのを感じています」

 F1において、現在求められるドライバー像は速さはもちろん、アスリート性や人間性も重視されていることは言うまでもない。自動車メーカー、スポンサーの広告塔としてだけでなく、SNSやイベント、メディアインタビューでの発言など、情報発信者としての役割がますますドライバーに求められている。今回のティクトゥムの解雇の件は、F1で成功するために必要なドライバーとして要素、そして世界のドライバー育成の決断の速さと合理性を、国内モータースポーツ界にまざまざと見せ付けることになった。

スーパーフォーミュラ ダニエル・ティクトゥム(TEAM MUGEN)
次期レッドブルのF1ドライバーの最有力候補に挙がりながらも、今シーズン、わずか3戦でスーパーフォーミュラ、そしてレッドブルからも離脱することになってしまったティクトゥム

スーパーフォーミュラ TEAM MUGEN中野信治監督
今シーズンからスーパーフォーミュラ、スーパーGTでTEAM MUGENの監督を務める中野信治監督

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