更新日: 2021.08.30 12:33
A1グランプリは後のさまざまレースに影響を与えたコンセプトの先駆者【サム・コリンズの忘れられない1戦】
ブランズ・ハッチのパドックにはふたつのパブがある。そのなかでも“Kentagon”と呼ばれるパブはイギリスのモータースポーツ界では非常に有名で、多くのレース後の大パーティが行われてきた。内部は、フォーミュラ・フォード・フェスティバルを含むブランズ・ハッチで行われた主なレースの優勝者リストが手書きされている。
誰が書いたのかは知らないが、面白いことに書き手はスペルをよく分かっていなかったようで、ドライバー名には多くのミスがあるのだ。またパブには古いレースの記念品や写真がいっぱい飾られていた。現在は、残念ながらコースを経営するジョナサン・パーマーがすっかり綺麗にしてしまい、多くの古いものが取り除かれてしまったが、私はそれらに真の魅力があったと思っている。
“Kentagon”のテラス席で知り合いのジャーナリストやレース関係者たちとビールを飲みながらA1GPについて話をした。モーターレースの応援で、サッカー場の観客のような応援が見られたのは、誰にとっても初めてのことだった。それは壮観で、レースは素晴らしく、人々はグランプリ・オブ・ネイションズのコンセプト全体に没頭していた。A1GPには素晴らしい将来がある、と我々は確信した。

A1GPは実際に多くの革新に満ちていた。レースはオンラインで生配信されていた。他のチャンピオンシップがオンラインでレースの配信を始めたのはそれからまる10年も経ってからだ。また、A1GPはウィンターシリーズというコンセプトの先駆者でもある。
シーズンを秋に始め、冬にかけてレースを開催し、春に終わる。この形は後にフォーミュラEが真似をした。もうひとつフォーミュラE(そしてスーパーフォーミュラ)が真似をしたのは、ドライバーが操作するパワーブーストシステムだ。ブランズ・ハッチではこれがとてもうまく機能していた。
A1GPは最初の3年で大きな成功を収め、観客動員数は増え、素晴らしいレースをし、多くの新しい国々から関心が寄せられた。実際、チームを参戦させたいナイジェリアの投資家グループが、私にドライバーになるよう依頼してきたぐらいだ。当時、私は国際C級ライセンスとナイジェリアのパスポートを持った唯一の人間だった(笑)。
私はチーム・レバノンの経験不足のドライバーのようなことになりそうだと分かっていたが、参戦できていたらとても楽しいものになっただろう。私は自分が遅かろうが最下位だろうが気にしない。
A1GPはその頃には非常に野心的になっていた。ローラのマシンは優れていて、レースでも調子が良かったのに、チャンピオンシップの主催者たちは、新しくフェラーリエンジン搭載のマシンに切り替えることを決めたのだ。より高価なマシンとなったが、レースはうまく行かなくなってしまった。
一方で、シリーズは古いローラのシャシーを新設されたA2GPチャンピオンシップや、ドライバートレーニングシリーズのアフリカA3GPに参加する国々に割り当てようとしていた。A2GPは、A1GPに参戦したいが、資金や経験のあるドライバーを用意できない国向けのものだ。
しかし、シリーズは5シーズン目を前に財政破綻してしまう。レースは開催されず、マシンは未払い債務の引き換えに押収された。チーム・ナイジェリアはその年の途中までグリッドに並ぶ予定だったが、投資家がフランチャイズ料を失ったので、私も(A1)グランプリドライバーになるチャンスを失ってしまった。
今になって振り返ると、たとえ当時財政難だったとしても、A1GPはもっとうまくやれたはずだ。A1GPが続かなかったことを本当に残念に思う。これはモーターレースにおけるもうひとつの、過ぎ去った可能性の物語として後々まで残るだろう。
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サム・コリンズ(Sam Collins)
F1のほかWEC世界耐久選手権、GTカーレース、学生フォーミュラなど、幅広いジャンルをカバーするイギリス出身のモータースポーツジャーナリスト。スーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権の情報にも精通しており、英語圏向け放送の解説を務めることも。近年はジャーナリストを務めるかたわら、政界にも進出している。