更新日: 2021.04.23 23:45
絡みあう2台の橙色。スーパーGT第1戦決勝で繰り広げられた壮絶“GRスープラ対決”の舞台裏
ENEOS X PRIME GR Supraとau TOM’S GR Supraが選んだブリヂストンタイヤは、温度域もコンパウンドも同じで、33~34度に保たれた路面温度に完全に合っていた。ただし構造はやや異なり、それが両車のペース推移に影響したと考えられる。
また、車高設定も両車で異なり、ENEOS X PRIME GR Supraは前後フラット気味だったが、au TOM’S GR Supraはレーキアングルがついていた。トムスの2台を見る立場にある東條力エンジニアは、その理由を次のように説明する。
「岡山は意外と速いコーナーが多く、ダウンフォースを得られるハイレーキのほうが取り分が大きいと考えました。タイヤもそれに合ったものを選び、テストではひたすらロングランをやっていたので、決勝には自信がありました」
トムスが選ばなかった構造のタイヤのほうが、予選ではコンマ2~3秒のアドバンテージがあったはずだと、東條氏は推測する。しかし、気温が高い状況におけるロングランで性能が保たれるとは思えず、選択肢から外したようだ。そして、おそらくENEOS X PRIME GR Supraは、その構造を選んだと思われる。
トムスの2台はハイレーキにマッチする構造を、ENEOS X PRIME GR Supraはローレーキに合ったタイヤを選んだともいえるが、予選および全開の周回数が短かった第1スティントではENEOS X PRIME GR Supraに分があり、50周に至った第2スティントではau TOM’S GR Supraが巻き返すかたちとなった。
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山下が第2スティントで予想外なほど苦しんだのは、ローレーキによりダウンフォースがやや不足し、タイヤが早めにグリップダウンしたことも理由のひとつではないかと考えられる。それでも、予選で2番手につけ、第1スティントでその順位を保てたからこそ、彼らはピットインで首位に浮上するチャンスを得たのだ。また、ローレーキによるものか、ストレートスピードはau TOM’S GR Supraより伸び、それもバトルでは有利に働いた。
「僕らも決勝向きと思われるタイヤを選んだはずだったのですが、そんな感じではなかったですね。明らかにauとペースが違うのに残り30周とかあり『最悪だ』と思いながら走っていました(笑)。ずっと一緒にやってきたので坪井選手のことはよく知っているし、絶対に来るだろうなと。ただ、岡山の場合、GT500単独同士だと抜ける場所は限られているので、そこだけはしっかり抑えました」と山下。
坪井はピタリと山下の背後につけ、何度も何度も仕掛けたが、山下は絶妙なブレーキングと、やや強引ともいえるラインどりで猛攻を何とかしのぎ続けた。「少しやり過ぎてしまった部分もあったので、レースが終わった後坪井選手に謝りました」と山下。
坪井がギリギリで引かなければ、何度か当たっていたかもしれないくらいの激しいバトルだったが、あの場面で素直に勝利をあきらめるような山下ではない。
車間が狭まるとダウンフォースが失われ、フレッシュエアをエンジンに取り込みにくくなる。実際、au TOM’S GR Supraは何度かエンジンが吹けなくなり、チームは位置を少し左右にずらすように指示したという。ペースは圧倒的に山下よりも良かったのだから、無理にしかけずフィニッシュ近くになってから捕らえるという戦略もあっただろう。
しかし、坪井は生粋のファイターだ。待つよりも仕掛けることを好む。「あと2~3周待っていたら行けたと思いますが、でも、あそこは行かなきゃダメですよね」と、やはり闘将である東條氏。結果はともあれ、彼らトムスの面々も究極のドッグファイトを楽しんでいたようだ。
そして迎えた運命の75周目、坪井はバックストレートで山下に並び、アウトから仕掛けるもオーバーラン。サンドエリアに突っ込んでしまった。幸いにして順位を落とすことなくコースに復帰したが、山下との差は約9秒に広がり、そこで勝負はあったように思われた。しかし、余裕を得たはずの山下のペースは大きく落ち、単独走行となった坪井は逆に速さを増した。
「じつはもうタイヤが本当にやばくなっていて。振動がすごく、ブレーキを踏むと真っすぐ止まらないくらいでした。最後はゆっくり走ったわけではなく、全開であのタイムでした。あと1周あったらたぶん抜かされていたし、坪井選手が飛び出していなければ、きっと勝てなかったと思います」
まさに、薄氷の勝利である。2019年に大嶋と山下を王者に導いた阿部和也エンジニアは、結成2年目のROOKIE Racingに最初の勝利をもたらした。「予想以上にドライバーが頑張ってくれました。クルマの改善点は分かったので、たぶん次の富士には合わせられると思います」と、優勝のうれしさと、追われた悔しさが交じり合った微妙な表情で初戦を振り返った。
「息ができないくらいの緊張感で、自分が乗っていたときのほうがまだ楽でしたね。しかし、まさか最後まで抑えきるとは思いませんでした」と大嶋。「いろいろなことがあったので、ちょっとこみ上げてきて……泣いちゃいましたよ」と、目を潤ませた。
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